あなたの財布に１０万円！｜リアクション

あなたの財布に１０万円！

　ミラから事情を聞いた御巫時子は、すぐに、彼女に協力することを決めた。しかし。
「何に使いましょう……」
　と、特に欲しいものも思い浮かばず、「うーん」と考え込む羽目に。
（……あ、そうです！）
　はっと思いつきに目を晴らして、時子は動物園へと向かった。そこで時子は、
「こんにちは。ご機嫌はいかがでしょうか……？」
『機嫌？　まあまあだね。見える景色はいつもと一緒だけど、君が話しかけてくれたし』
　なんて、鳥達との会話を楽しんだ。次は、マリンパラダイス。
「ふふ、愛らしいですね。こんにちは、可愛いペンギンさん」
『こんにちは！　今日はね、いっぱい潜ったよ！　君は、そんな恰好で、そちら側で、退屈じゃないの？』
「ペンギンさんとお話しているので、楽しいですよ。……それに、やることがあるんです」
　頑張って！　とペンギン達に送り出されて、時子はマリンパラダイスを後にした。
　入口の、建物の陰になっているところで、財布を開く。
　入園料と入館料は支払ったが、１０万円を使い切るには、それではまだ、全然足りない。
「楽しい時間は過ごせましたが、減ってないですね……」
　頬に手を宛がって、時子は少し眉を下げた。
　とりあえず駅の方へ、とてくてく歩き出して、時子はふと、知った顔に出会う。
「あら？　尚輝先生……」
「おや？　御巫さん」
　どうも、と、五十嵐尚輝先生が小さく頭を下げた。
　時子も深々とお辞儀をして――顔を上げるや、半分は縋るような思いで問いを零した。
「あの、尚輝先生が急に１０万円もらったとしたら、何に使いますか……？」
「１０万円？」
　五十嵐先生の声が、僅かに跳ねる。
　唐突な問いに驚いた様子で、それでも五十嵐先生は時子の真剣な表情を見留めるや、
「そうですね……何の後腐れもないものだと仮定しますが、生活費にでも充てましょうか」
　と、顎に手を当てて、考え考え言葉を紡いだ。
「生活費、ですか……」
「あと、１０万円をくれた相手によっては、何か記念に残ることをするかもしれませんね」
「記念に残ること、ですか？」
「はい。例えば、いつも食べているのよりも高価なカップ麺を買って食べるとか」
　そうしたらその１０万円に纏わる思い出を、コンビニに行く度に思い出せる。
　そのようなことを、五十嵐先生はぽそぽそと語った。
「変でしょうか？」
「いえ、少しも。もう一つ、先生がした今までで一番大きな買い物も聞いてもいいですか？」
　この問いにも、五十嵐先生は真摯に頭を捻ってくれたが、
「何だったかな……家具、家電製品、実験器具……いや、もっと別のものかも……」
　という具合で、すぐには思い出せないようだった。
　けれど、五十嵐先生が真面目に付き合ってくれているという事実が、時子の胸をほこほことあたためる。
（こうして、休みの日にも先生に会えただけで嬉しいです）
　先日の、ゴミ拾いイベントのことを思い出す時子。
　一緒に寝子島駅を綺麗にし、イベント後にはアイスクリームも食べた。
（それに、ゴミの袋をさっと運んでもらえた時は、ドキッとするぐらいカッコ良くて……）
　口元に、柔らかな笑みの花が咲く。
　まだ悩んでいる五十嵐先生に「ありがとうございました」と時子は笑顔で言った。
「……何か、参考になりましたか？」
「はい、すごく」
　そして、時子は寝子島神社へと。
　残りのお金を全て、時子は賽銭箱に入れた。
（世界の経済が破綻しませんように）
　お参りをして、そう、願う。
（私が今一番欲しいのは、尚輝先生と会って過ごせる時間ですから）
　それが叶った今、他に、欲しいものはないのだ。
「素敵な時間をありがとうございます……」
　囁いて、時子はぽくぽくと神社を後にした。

このページにイラストを設定する