あなたの財布に１０万円！｜リアクション

あなたの財布に１０万円！

　ふと自身の財布を開いた綾辻綾花は、思わず、声を上げずにはいられなかった。
「１０万円！？」
　誰かの財布と間違えた！　とあわあわしていたところに、ミラの声が降る。
　事情を把握した綾花は、ほう、と息を吐くや、眼差しをしゃんととさせた。
「大金なのでしっかり考えて使わなくちゃ……でも、使い切らないといけないんですよね」
　難しい、と、使い道に悩む綾花。
　とりあえず綾花は、何かいいものが見つかるかもしれないと、ウィンドウショッピングを開始した。
　早川珪先生とバッタリ出会ったのは、その時だ。
「こんにちは、珪先生。お買い物ですか？」
「やあ、綾辻さん。うん。今日発売の小説を買った帰りだよ」
　にこ、と、整った顔に親しみを感じさせる笑みを乗せる早川先生。
　笑顔に笑顔を返して――綾花はふと、視線の先にある店を捉えた。
　たまたま目に入ったのは、ペットグッズ専門店だ。
（クロワに何か買ってあげたいな）
　そんなことを考えていたら、早川先生が、綾花の見留めたものに気付いた。
「ペットグッズ専門店か。綾辻さん、好きそうだよね。何か、気になるものが？」
「気になるものというか、飼い猫に何か買ってあげたいなって。……そうだ、珪先生！」
「うん？　何かな？」
「選ぶのを、少し手伝ってもらえませんか？」
　構わないよ、と、早川先生は穏やかに笑う。
「僕の用事は、ほら、ちょうど終わったところだから」
　かくして、２人は店内へと。
　様々な種類がある櫛を手に取り見比べて、
「毛が長いから、新しい櫛も欲しいと思ってたんです」
　と、綾花。
　それから、カリカリことドライキャットフードに猫缶、おもちゃも買いたい。
「実は、臨時収入があったんです。それで、飼い猫のクロワの為に使いたいって思って」
　世界の危機については流石に話せなかったが、差し支えのない部分は、きちんと説明する。
　成る程、と、早川先生が頷いた。
「……あ、キャットフードとおやつの棚。こんなに種類があるんだね」
「クロワは、『ササミだニャン』が大好きなんです」
　言って、『ササミだニャン』を多めにカゴに入れる綾花。
　それから綾花は、猫用の煮干しの大袋を手に取った。
「それも、綾辻さんの家の子用？」
「これは、出会ったにゃんこにあげる用です。日持ちして持ち歩きやすいから、散歩する時は欠かせません」
　カゴに煮干しを加えて、綾花はおもちゃのコーナーへと向かう。
「珪先生はどれがいいと思いますか？」
「そうだな……ええっと、このボールはどうかな？　転がると音が鳴るって」
「いいですね、楽しんでくれそう。あ、こっちは勝手に転がって、光るみたいです」
　なんて、様々のおもちゃを前に、会話を弾ませる２人。
　じきに、荷物はいっぱい、財布はぺたんこになった。
「おもちゃもカリカリも種類が多いから、新しいものが良いか同じものが良いか悩むんですよね……」
「これだけあったら、そうだよね。僕は楽しかったけど」
「珪先生と選んだおもちゃ、クロワだけじゃなくて、遊びに来る野良ちゃんたちも喜びそうです」
　それは良かった、と早川先生が微笑む。
「ただ……寮までこの荷物を、どうやって運びましょう……」
　考え込む綾花へと「貸してご覧」と早川先生が優しく言った。
「近くのコンビニで宅配サービスを利用するのはどうかな？　そこまでは、僕が運ぶよ」
　大荷物を手に歩き出した早川先生の後ろで、綾花は思う。
（ちょっと買い過ぎた気がするけど、これも世界の為です。これで守れたなら良かったです）
　そうして綾花は、早川先生のあとをすぐに追いかけた。