あなたの財布に１０万円！｜リアクション

あなたの財布に１０万円！

　ミラの予知を耳にした鴻上彰尋は、
「１０万円か……なかなか使い切るのが難しそうだけど、頑張ってみるよ」
　と、彼女に請け負った。
　ありがとうございます！　と、ミラの声が華やぐ。
　会話を終えて自身の財布を開き――彰尋は、「うーん」と唸った。
「本当に入ってる……。なんとかこの１０万を使わないとだけど……」
　頭に家族の顔が浮かんで、彰尋は細く息を吐く。
　誤魔化しの利く買い物でなくては、何を言われるかわからない。
　彰尋は、暫くの間考えて考えて――、
（……よし、買うのはこうしよう）
　と、彼なりの結論を導き出した。
　その後、彰尋が買い求めたのは、先ず、新品のカナル型イヤホン。
　あとは、中古のポータブルＢＤ・ＤＶＤプレーヤーにＡＤプレーヤー。
　電子辞書も、中古のものを敢えて選んだ。
（中古だったら『友達のお古を格安で譲り受けた』でごまかせる気がする）
　イヤホンは、辞書やプレーヤー用に新しく買ったということにしよう、との考えだ。
　どれも、彰尋が欲しかったものである。
　これで、ひとりでも舞台のＤＶＤやＢＤ等を観ることができる。
　そうと思うと、ようやっと、口元を少し緩めることができた。
（残りは食材とかおやつとか買って調整かな？　……あ、そうだ）
　ふと、一度やってみたいと思っていたことが頭を過ぎって、スマートフォンを取り出す。
　緊張しながら電話をかけた相手は、七夜あおいだ。
　暫し、コール音が続いて――じきに、『はい、もしもし』と彼女の声が彰尋の耳を震わせた。
「あ、もしもし、俺。彰尋。えっと……今、電話、大丈夫かな？」
『うん、大丈夫。ちょうど用事が終わったところなんだ。彰尋くん、どうしたの？』
「実は……」
　ミラから聞いた話を、掻い摘んで説明する。
　あおいは彰尋の言葉を、時折相槌を打ちながら、静かに受け止めた。
「……それで、よかったら協力してくれないかな？」
『今日の寝子島は慌ただしいね……。うん、私にできることがあるなら、手伝わせて？』
　かくして、２人はホテルの前で待ち合わせ。
　ホテル内のレストランへと、一緒に足を踏み入れ、席に着く。
「ちょっと緊張するね」
　と、あおいが、言葉とは裏腹に楽しげな声で囁いた。
　こく、と頷く彰尋。
　彰尋があおいに協力を仰いだのは、一緒にアフタヌーンティーセットを食べに行くことだ。
「こういうのって高いし、一人で行くにも気が引けるから……」
「ふふ、わかるなぁ。憧れるんだけど、その分敷居は高いよね」
　間もなくして、２人の前に運ばれてくる、３段重ねのティースタンド。
「「わあ……！」」
　と、感嘆交じりの２人の声が重なった。
「このケーキ、すっごく可愛い！」
「うん、すごいね。……スコーンだけで、何種類もあるんだ……」
「それに、この美味しそうなサンドイッチ！」
「美味しそうなだけじゃなくて、洒落てるよね。これは……スモークサーモンかな」
「こっちの中身は何だろう？　ええっと……」
「「あ、海老のサラダ！」」
　また、綺麗に重なる２人の声。
　気恥ずかしさに彰尋はこほんと咳払いをし、そんな彰尋の様子に、あおいはくすと笑んだ。
「……それじゃあ、頂こうか」
「うん、いただきます！」
　紅茶と一緒に、２人できらきらしい様々の味わいを楽しむ。
　あおいが、幸せ顔で頬を押さえた。
「海老のサンドイッチ、美味しい……！　このサラダ、何が入ってるんだろう？」
「自家製のマヨネーズと……ハーブも、色々入ってるよね」
「うーん、なんのハーブかなぁ」
　真剣な顔になって考え込むあおいを前に、彰尋は、密やかに優しい笑みを落とす。
　彰尋があおいを誘った理由は、一人では気が引けるから、だけではない。
（行くなら、あおいさんと一緒がよかったから……）
　秘密はそっと胸の底に沈めて、彰尋は、薫り高い紅茶を静かに口に運んだ。

このページにイラストを設定する