あなたの財布に１０万円！｜リアクション

あなたの財布に１０万円！

　図書館へと向かう道中で、八神修は七夜あおいとバッタリ出会った。
　ミラの声が聞こえたのは、２人並んで歩き出して間もなくだ。
「どうしたの、修君？」
　暫し足を止めていた修へと、あおいが小首を傾げて声を投げる。
　修はあおいへと柔らかな眼差しを向けると、
「傍にあおいがいて助かった」
　と、細く息を吐くようにして言った。
「え？　どういうこと？」
「力を貸してくれ。実は……」
　かくかくしかじか、あおいに事情を説明する修。
　神魂事件に理解のあるあおいは、「それは一大事だね！」と真面目な顔を作った。
「勿論、協力するよ！　私にできることなら、だけど」
　拳を握ってみせるあおいのことを胸いっぱいに愛おしく感じながら、修は思う。
（あおいには言わないが……）
　修の感覚では、１０万円は十分な額ではない。
　身につけている腕時計やタイピンを買うにも、桁が足りないくらいだ。けれど。
（バイト体験で、労働で稼ぐ大変さは分かっている。だからこの１０万円も、大切に使いたい）
　それには、あおいの協力が必要だと、修は考えたのだった。
「えっと……それじゃあ、どうしようか？」
「そうだな……今から、お台場のホテルでやってるビュッフェに行くのはどうかな？」
　美味しいの作るなら色々食べた方が良いからさ、と修は続ける。
　しかし、あおいは心底から申し訳なさそうに、眉を下げた。
「う……ごめん、修君。あんまり遠出するのは、急な話だしちょっと厳しいかも……」
　世界のピンチなのにごめんね、と、しょんぼりするあおい。
「ああいや、あおい、そんな顔をしないで。俺も、あおいに無理をさせる気はないよ」
　ええっと……と、修は懸命に、あおいが喜びそうな他の案を考える。そして。
「そうだ！　駅ビルで調理器具の展示会をしてるはずなんだけど、それならどうだろう？」
「調理器具の展示会？」
「色々と、珍しいものもあると思う。確か、料理本も豊富に取り揃えてたな……」
「それなら、私も付き合えるよ。……修君がよければ、だけど」
「俺がいいかって？　勿論だよ。じゃあ、行こう、あおい」
　かくして、２人は調理器具の展示会へと。
「わ、この本、いいなぁ！　わかりやすいし、写真がすごく綺麗！」
「お、ほんとだな。写真を眺めてるだけで楽しそうだ」
「あっ、私も同じこと思った！」
　２人で顔を見合わせて、笑い合う。
「じゃあ、先ずはこの本を買おうか。目標金額には程遠いけど、レシピ本にしては中々の額、だよな？」
「ふふ、臨時収入っぽい使い方だね。私にもまた見せてくれる？」
「当然。あおいが見つけたんだしな。……あ、こっちには食材も」
「わあ、このナス真っ白！　トウモロコシも！」
「はは、何を作ろうか考えるだけでも楽しいね」
　瞳を煌めかせっぱなしのあおいと一緒に、和やかなひとときを過ごした修。
　けれど、財布の中には、まだ件のお金が存分に残っている。
「個人ではもう十分使ったね」
「でも、まだこんなに残ってるんだ……どうしよう」
「幼稚園に寄付する、っていうのはどうかな。他の人にも役立つようにも使いたいなって」
　遊具とか買えるよ、と伝えれば、あおいの瞳がきらきらっと輝いた。
「それって、すごく素敵だね！」
「貯めた金ということにして……スジを通して話せば、受け取っていただけるんじゃないかな」
　子供達の居場所が豊かになるなら嬉しいと口元を緩める修に、あおいが笑いかける。
「修君って、子供好きなんだね」
「うん、嫌いじゃないんだ」
　照れ笑いを零す修の姿を目に、「照れなくっていいのに」とあおい。
「それじゃあ、私、もう行くね。ちょっと、用事があって」
「ああ、ありがとう。楽しかったよ」
　手を振り合って別れたら、さあ、幼稚園に向かおうか。

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