夢の続き｜リアクション

夢の続き

　ツインテールを結ぶリボンは空の色。白いブラウスの胸元にはフリルがあしらわれ、明るい焼き菓子のような色合いのジャンパースカートは軽やかに波打つ。
　海沿いの道を佐藤瀬莉は大きく腕を振って弾むように歩いていた。星ヶ丘駅に向かうには少し遠回りとなる。最初は最短の道を選んだ。
　空の青さが目に沁みる。横手から吹いてくる優しい風に海が恋しくなった。
　自然に足は海岸沿いの道へと向かった。横目で海を眺めてにっこりと笑う。
　急に表情が険しくなって立ち止まる。ポケットから財布を取り出し、即座に中を開く。カードケースに収まっていたNecocaを目にすると安堵の息を吐いた。
「あの時とは違うもんね！」
　軽やかに歩き出す。緩やかに左手に曲がると光が目に飛び込んできた。眩しそうな表情で原因に近づいていく。
「……これって、何かな」
　瀬莉は灰色のサイコロのような建物の前に立った。陽光を浴びた銀色の扉だけが異様な輝きに満ちていた。
　顔を扉に近づける。中央にある『ＯＰＥＮ』の札をじっと見詰めた。
「これってお店、なんだよね？」
　星ヶ丘駅の方にチラチラと目をやる。好奇心には抗えず、瀬莉は建物の中に入っていった。

　部屋の中であった。綺麗に整っていて大人の雰囲気を醸し出す。
「良い部屋だね」
　ドレッサーの前を横切り、瞬時に戻って覗き込む。
「え、ウソ。これが、今のあたし！？」
　鏡には戸惑うような顔の女性が映っていた。髪は短く、目には強い意志を感じさせる。着ていた服は簡素な白いブラウスで見た目の年齢は三十くらいであった。
「未来のあたし……もしかして」
　別のドアから急いで部屋を出た。廊下を大股で歩いて階段を小気味よく下りる。揃えて置かれた靴を履き、大きく一歩を踏み出した。
　瀬莉の目が丸くなる。呆然とした表情でゆっくりと顔を動かす。
　壁には額に収まった表彰状が幾つも飾られていた。時計修理士一級の身分を証明する物も含まれていた。
　一番端で目が留まった。スイスの時計学校の卒業証書まで飾られていた。
「あたし……なれたんだ」
　声は少し震えていた。笑みを浮かべたまま、目が潤み始める。
　深呼吸をした。目に留まった作業台に向かう。手入れされた各種の道具が置かれていた。中央には機械式時計がある。側に添えられたメモを手にした。
「これ、あたしの文字だ」
　内容を読み込んだ。
「……わかる、理解できる」
　瀬莉は機械式時計を引き寄せる。裏蓋や横の繋ぎ目に目を凝らす。構造を理解すると、こじ開けという道具を手にした。薄い金属の先端を繋ぎ目に合わせて絶妙な力加減で射し込んだ。僅かに開くと時計を回しながら徐々に隙間を広げていった。
　裏蓋が外れた。続けて正面のケースを取り外す。針に真剣な目を注いだ後、剣抜きと呼ばれる道具を手にした。息を止めているかのように細心の注意を払って引き抜く。
　終わると裏側に着手する。時計の心臓部、テンプをピンセットで取り外し、動力を伝えるアンクルを抜き取る。複数の精密ドライバーを使い始めた。角穴車や丸穴車を取り外し、ゼンマイを収納した香箱に取り掛かる。
　外された部品は種類毎に集められ、整然と並ぶ。輪列の歯車は種類が多く、一目ではわからない数が他を圧倒した。
「ここからが本番ね」
　瀬莉は片方の目にルーペを装着した。大変な作業を目の前にして顔は朗らかに笑っていた。
　汚れと摩耗の違いを瞬時に見分ける。入れ替えが必要な部品は素早く取り揃えた。修復可能な部分は方法を考え、適切な処置を施していった。
　最後に個々のパーツを組み直す。新品同様の輝きを取り戻した機械式時計に満足の笑みを浮かべる。
「少し、喉が渇いたね」
　すっと立ち上がった。店のショーウインドウ越しに自動販売機が見える。店内を横切って外に出た。
「え、ここって」
　海が見える。太陽の位置は同じで服装も元に戻っていた。後ろを振り返ると更地になっていた。
「あれは未来のあたしなんだよね！」
　弾けるような声を上げる。
　瀬莉は星ヶ丘駅に向かって元気に歩き出した。

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