ダーク・ネコジマシティ・ウォーズ｜リアクション

ダーク・ネコジマシティ・ウォーズ

【夜の山に響く音】

　ペルラ・サナーレは音楽を愛する少女である。
　しかし、彼女もまた「パール・ザ・ナイトメア」の二つ名を持つヴィランなのであり、ペルラというのは仮の姿に過ぎない。
　ただ、彼女はヴィランでありあがら、自分が悪いことをしているという考えがあまりなかった。
「音楽の前に、ヴィランもヒーローも関係ありません」
　そう言って、パールはその夜も山中でギターをかきならす。
　細い指先が変幻自在に弦を操れば、山のあちこちの機械が共鳴し、まるでオーケストラのような壮大な音楽を奏でる。
　彼女はただ音楽を愛している。ただその愛し方がしばしば情熱的過ぎるために、ときとして問題が起きる。
　たとえば、
「ウ……ボ……ア……ゴガ……」
「……む。その声は、この山にとらわれし、哀れな機械人形どもですか」
　このようにその音色を聴きつけて、聴衆が押し寄せてきた場合などである。
　パールは、ヴィランであるまえに、ミュージシャンである。
　それゆえに、聴衆がいることは、俄然、彼女の音楽に対する情熱を燃え上がらせることに繋がる。
　が、その熱過ぎる情熱は、ときとして音波の嵐となって猛威を振るう。
「――ならば、聴いてください。このパール・ザ・ナイトメアが奏でる、悪夢という名の鎮魂歌を！」
　ちょっとノってきたパールが全力でギターを爪弾くと、次の瞬間には音波の嵐が聴衆の機械人形達を物言わぬ機械片に変えてしまう。
　だが、そのことにパールが気づくのは、だいたいが全てが終わってしまった後なのだ。
「……ふぅ。どうですか、哀れな機械人形ども、私の鎮魂歌は――」
　玉の汗を拭い、聴衆を見まわしたときにはそこにはもう誰もいない。ただ鉄くずと空気が震えているだけだ。
「……たわいのない人形どもですね」
　ぽつり、とこぼしたパールの呟きはどこか寂しげであった。
　それでも、パールはギターを弾くことをやめない。それが彼女の生き様だから。
　だから、レクイエムに続く、英雄賛歌を披露しようとギターを構えたそのときのこと。
「む……。また誰か近づいてきているようですね……」
　耳代わりの真珠色の羽をピクピクと動かして、パールはその接近者の気配に意識を研ぎ澄ませた。

【さよなら絶望博士】

　その接近者は絶望していた。
　何に？
　この世界の堕落に、である。
「絶望した……！　いつまで同じ過ちを繰り返す愚かな人類に絶望したっ……！」
　大仰なポーズをとって、月の浮かぶ天を仰ぎ、志波武道こと『ブラックデスペア』略して『ＢＤ』は月に向かって吼える。
　彼は人類に対する絶望に打ちひしがれていたところを、アイーン・ロボットに救われた元人間だった。
　同じ絶望に苛まれていたところを救ってくれたアイーン・ロボットはＢＤにとって唯一無二の恩人と呼べる存在だった。
　だが、
「……博士はもういない。博士は絶望に打ちひしがれたまま死んでいった……。この世界にはもはや絶望しか残されていない。そんな世界なら――」
　――機械に支配されてしまった方が幸せだ。
　そう思ったから、ＢＤはこのナインナイトマウンテンを登っている。
　このシティの新たなる支配者としての機械人形達を仲間として募るために。
　けれども、山に打ち捨てられた機械人形達に、ＢＤの崇高な理念は伝わらない。
　彼らはただ、魔の山と化したその場所を訪れる鋼の人形と化している。
　だから、
「ウ……ボ……ア……ゴガ……」
「……来たか、哀れな同士達よ！」
　ＢＤはそんな鋼の人形達に、必殺の突きを食らわせる。
　それは、人形達を壊す突きではない。
　それは、彼らを希望の未来へ連れて行くための導きの突きだ。
「ウ……オオ……ジンルイ……ホロボス……オレサマ……オマエ……マルカジリ……！」
「そうだ！　俺達の手で、シティに平和を取り戻す！」
　そうして、ＢＤは次々と手勢を加えていく。
　そして、そんなＢＤの背中を――。

「へえ。なんだか面白そうなことになっていますね……」

　パール・ザ・ナイトメアは、愉快そうな笑みを口元に浮かべながらこっそりと眺めていた。