やんちゃ座敷童子のいる夜｜リアクション

やんちゃ座敷童子のいる夜

●八神修はかく語りき

　コーンスープを少し口に運んで、如月蘇芳はふ、と息を漏らした。
「驚かされたけど、いい話だったね」
「ビビったっすよねー。……ん！　オムライスも美味かったけどハンバーグも美味ぇ！」
　蘇芳の言葉にからりと応じ、楢木春彦はハンバーグを頬張って瞳をきらり。
　双方とも、驚いた、ビビったとは言いながらも、自身のペースを乱された様子はない。
　一方、青山絢は、未だに顔を青くしていた。
「……人生経験が豊富だと、その、色んなことがあるのね」
　絢の呟きに、先の語り手たるアケーチ・タッマーキは秘密っぽく微笑する。
　何せ、先程の怪談話は、全て彼の『捏造』なのだ。
「それじゃあ、次は俺が行こうか」
　食事の手を一旦止めて、修が口元を緩める。
「さて――時は遡って、江戸時代。米問屋の大黒屋に、お菊という優しい娘がいたんだ」
「おや、時代物かあ」
　趣向を変えてきたねと、柏村文也が声に笑みを滲ませた。
「お菊は、野良猫の面倒をよく見てね、大層可愛がっていた」
「猫さん……！」
　身に染みるような恐怖も寸の間忘れて、ぴこんっ！　と恵御納夏朝が反応する。
　そんな夏朝へと淡く笑みを向けて、けれど修は、ふっと口調を陰らせた。
「そのお菊なんだけれど、父親の後妻に苛められていてね」
　心優しい娘は、遂には、泥棒の濡れ衣を着せられて、土蔵へと閉じ込められた。
「けど、猫達はそれを黙って見てはいなかった。翌日から、大黒屋には化け猫が出るようになったんだ」
　廊下を歩けば、巨大な猫の影が差す。
　店の者が、夜、外を歩けば、ひたひたひたと『何か』がついてくる。
　お菊の義母は、それらの話を馬鹿馬鹿しいと一蹴していたが、
「ある日、彼女がふと川を覗き込むと――」
　そこには、彼女と、彼女の後ろで、大きく口を開き瞳と牙を光らせている、巨大な化け猫の姿が映っていた。
「きゃあああああっ！」
　響タルトが叫ぶ。絢の肩がびくんと跳ねる。
　たっぷりと恐怖を『演出』して、タルトは内心に、ぺろりと舌を出した。
（だって、皆に驚いてほしいもんね～♪）
　タルトの意を察してか、紗雪幽が唇だけで笑う。
　語り手の修の方もふわりと微笑して、
「その後、心身ともに弱った義母は田舎に療養へ。猫達は、お菊と幸せに暮らしましたとさ」
　米問屋だからね、鼠を捕る猫がいると助かるんだ、と、朗らかな声で語り終えた。
「お菊さんも、猫さん達も、良かった……」
　夏朝がほっと息を吐いた、その刹那。

　――くす、くすくすくすっ。

　彼女の耳元で、笑い声が弾けた。
「う、うわあああああ！？」
　大好きな猫が活躍するめでたしめでたしの物語に、知らず、気が抜けていたらしい。
　姿の見えない相手の足音に震える間もなしに、夏朝は、座敷童子の悪戯の餌食となった。
　御巫時子が、「すいません……」とおっとりと眉を下げる。
「少し前に、座敷童子さんが席を立ったのには気付いていたんですが、話の腰を折ってはいけないと……」
「何だ、座敷童子の仕業か。私はてっきり、化け猫が出たのかと思ったよ」
　くすくすと、からかい口調で文也が言えば、
「おっ。それ、面白いっすねー」
　なんて、幽も声を生き生きとさせて。
「夏朝さん、大丈夫ですか？　さあ！　ご遠慮なく私の胸へ……」
　アケーチが腕を広げたその時、タルトが、「あれ？」と瞳を瞬かせた。
「座敷童子の食事が減ってる？」
「あ、本当だ」
　タルトの気付きに、蘇芳も、ほんの僅かだけ赤の双眸を瞠る。
　お膳に添えられた大福――修から座敷童子への贈り物だ――も減っているのを確かめて、
「姿が見えないのが残念だな」
　と、修は、微笑ましげに目元を和らげた。