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電話が鳴っている。
「わっ」
肩から掛けた鞄の中の鳴動に思わず小さな声を上げて、
「……あ、れ」
瞬く。
踏み出そうとしていた足が止まる。午後の眩しい日差しを浴びて熱を帯びたアスファルトの路の上、立ち尽くす。後ろから追い抜いて行った誰かの鞄が肩にぶつかっても、別の誰かが不思議そうな眼差しをちらりと向けて行っても、応じられない。
(私……)
通学鞄の中で電話が鳴っている。
出られずにいる間に、鳴動が途切れた。
目の前をたくさんの人が行き交っている。後ろの方で発車のベルの音と動き出す電車の音がしている。振り返れば、駅舎の出入り口があった。視線を戻せば、人の行き来する道路があった。
(ここは、……)
「あ、あれ」
ここが何処なのか、分からない。
「あれ……?」
自分が誰かなのか、分からない。
呟けば呟くほど、顔から体温が引いてくる。胸が冷たくなる。指先が震えるほどに怯えてくる。
「待って、」
周囲を見回しても、誰も彼もが行くべき場所に向かって急いでいるように見えた。知る顔をただひとりも見つけられない。そもそも、頭の中に誰の顔も思い浮かべられない。
(どうしよう……私、は……)
私は、誰?
知らず呼吸が浅くなっていることに、喉を押さえつけられるような圧迫感を感じていることに気づいて焦る。その場に座り込んでしまいたくなる衝動を抑え、人が行き来する歩道の真ん中から移動する。踏み出す一歩一歩がひどく重たい。それでもどうにか駅舎の端のベンチの前に行きつく。ぺたり、端に腰を下ろす。
深呼吸を繰り返す。肩に掛かった鞄のベルトに縋るように触れて、
(っ……そうだ、)
思い至った。鞄の中になら、あるかもしれない。
(『私』がわかるもの……っ!)
何処かの高校の通学用らしい鞄を開く。教科書や空の弁当箱に筆箱、それから、スマートフォン。
恐る恐る電源ボタンに触れる。表示される瞳の虹彩認証画面にほんの少し狼狽を覚えて、狼狽えた自分を不思議に思う。
(どうして)
どうして、『私』は瞳を画面に映すことに嫌悪に近い感情を覚えたのだろう。その嫌悪の感情に罪悪感を抱いたのだろう。
答えを見つけられないまま、白黒の画面に自分の瞳を映しこむ。あっさりとロックは解除され、ホーム画面が表示された。
着信アリ、の表示に戸惑う。自分の知らない、自分を知る誰かからの着信は、どうしてだかすごく怖いものに思えた。
(私は、誰?)
だって自分のことを忘れてしまっていると再確認させられてしまう。
自分を囲む周囲の状況さえ理解できていない。世界の全てが、自分にそっぽを向いている、そんな気にさえなってしまう。
それでも、知らなくては。怖いけれど、とてもとても怖いけれど、『私』が誰であるのか、どうしてここにいるのか、知らなくては。
着信履歴を開く。
(……もずみはじめ、さん……?)
最新の着信だけでなく、その下に続く着信のほとんどがその名前で埋まっている。
『
鵙海 甫
』。
次に表示させた発信履歴にも、その名前が多く並んでいる。
(『私』は、この人と仲が良かったのかな……)
けれど、この人は誰だろう。
(……どう、しよう)
数分前の着信も『鵙海甫』からで、もしかすると『私』はこのひとと待ち合わせか何かをしていたのかもしれない。
(電話、掛け直してみなきゃ、だよね)
胸がどきどきしている。
知らないひとに電話を掛けるのは勇気がいった。本当は、知らないひとではないはずなのに。
(でも、……)
こんなにたくさん、毎日のように電話を掛け合っている。
履歴の記録だけを頼りに、リダイヤルボタンにタッチする。
『結?』
ワンコールもせずに電話口から聞こえた男性の声に、思わず声が詰まった。
『結? どうした?』
結、というのは『私』の名前なのだろうか。
「……あ、あの、もしもし……」
『うん』
「鵙海、さん……ですか?」
電話の向こう、そのひとは小さく噴き出したらしかった。
『うん、鵙海さんだぜ』
くすくすと楽し気に笑う声を聞くだけで、不安と恐怖で嵐のようだった胸の内が静かに凪いだ。
「わ、私、……」
口にした途端、声が震えた。しゃくりあげて泣き出しそうになって、慌てて熱い瞼を閉ざす。
「あの……私、自分の事とか、全部、」
喉に湧き上がる熱を飲み下す。出来る限り平静を装う。
「ぜんぶ、わからなくなっちゃって……」
『すぐ行く』
本当は笑われるかと思っていた。からかっているのかと怒られるかもと怖かった。
それなのに、相手の返事は早かった。どきりとするほどに真摯だった。だから、
「ど、どうしましょう……私……本当に何も分かんなくて……頼っていい人とかも分かんなくて……」
隠そうとしていた涙が瞳に溢れた。声の震えが隠せなくなった。
『……大丈夫』
吐息交じりのような相手の声が耳元でしている。
『連絡したのが俺で正解。動かずジッとしてるんだぜ?』
「い、いいんですか……?」
『いいも何も。頼れって』
「ご、ごめんなさい、ありがとうございます……」
何処に居る、と問われ、慌てて周囲を見回す。
『焦らなくていい。ゆっくり確かめて』
まるで近くで見守っているかのような電話の向こうからの言葉に、そっと深呼吸をする。電話を掛けたのが、
(あなたで良かった)
「あ、ええと、」
見上げた視線の先、駅舎の名前が青空を背景に見えた。
「ね……寝子島駅? ってところに……います……」
駅を出てすぐのベンチにいることを伝え、一旦電話を切る。
甫の声が聞こえなくなった途端、凪いでいた胸がまた不安の波に襲われた。恐怖でどきどきと轟く心臓を両手で抑える。背中を丸めて瞼を伏せる。
(……このまま、)
思い出せなかったら、どうしよう。
小さな子供のように丸まった背中へ、そっと近づく。柔らかな栗色の髪に触れつつ、ひょいと手を伸ばし掌で彼女の瞳をふさぐ。
「だーれーだ?」
優しい黄昏のような黄金色した瞳が好きだった。悪戯心で驚かせる度、まん丸くなって、その後ふうわりと柔らかく微笑む瞳が大好きだった。
「っ!」
華奢な肩が強張る。夕暮れに近づく陽の色に淡く紅に透ける長い髪が怯えたように震える。
掌を振り払って振り向いた瞳は、いつもと違って泣き出しそうな色をしていた。
「結」
名を呼んだ声が強張っていた気がして、甫は唇を引き結ぶ。
「あ、ご、ごめんなさい、」
数え切れないくらい顔を合わせているのに、まるで初対面のように彼女は硬い声で頭を下げた。
「えと。鵙海さん、ですか……?」
「……まいったな」
吐息が零れて落ちた。電話口での彼女の言葉を嘘だと思いはしなかったものの、実際に会って、正直途方に暮れた。混乱している、と言ってもいい。
(ああ、)
せめて彼女に悟られぬよう、心中で嘆息を落とす。この島では、時々こういうことが起こる。分かっているつもりでいたけれど、何度経験したって慣れない。
「ご、ごめんなさい」
栗色の頭が項垂れる。髪と同じ色した長い睫毛が蒼白い頬に影を落とす。
今にも泣き崩れてしまいそうな彼女に、甫は慌てた。あわあわと迷った挙句、彼女の隣に腰を下ろす。肩が触れるほど近くに寄り、揃えた細い膝の上で固まる小さな拳を掌でぎゅっと包み込む。驚いたように黄色い瞳を上げる彼女に向け、ことさらに明るく笑って見せる。
「大丈夫だ」
口にした言葉は、半分は彼女に向けたもの、半分は自分自身に向けたもの。
「『私』のこと、知ってるんです……よね」
「ああ、知ってるぜ」
「あの、私の事とか、あなたのことを教えてください……!」
必死な瞳に胸が痛んだ。記憶を失った彼女の恐怖と不安を思う。思うからこそ、せめて自分は落ち着いていなくては。
「落ち着いて、先ずは客観的な情報から確かめていこう」
彼女にこれ以上の不安を感じさせてはいけない。
(思い出させなくっちゃ!)
通学鞄を示す。大抵の生徒が持ち歩いている生徒手帳を貸して、中に挟まれた学生証を取り出して彼女に手渡す。
「これがキミ」
学生証に記された彼女の写真を指す。氏名を指す。
「せんどう、ゆい……」
不思議そうに彼女は呟いた。
「これ……私の名前、なのかな……」
「そう、
千堂 結
」
自分の名前にさえ覚えがない彼女の様子に、心臓が痛いほどに轟く。思い出させなくてはと強く思いはしたが、
(思い出させられなかったら、どうしよう)
身体に重く圧し掛かる不安と恐怖を振り払うように、甫は勢いをつけて立ち上がる。記憶喪失なんて何でもないことのように、笑って彼女の顔を覗き込む。
「ここだと落ち着かないし、結の家に行こうぜ」
「私の、家」
心細そうな顔をした彼女は、自分の家さえも分からなくなっているらしかった。
「ここ」
彼女が唯一の縁のように手にしている学生証の住所を示す。
「キミは、今はひとりでここに住んでる」
「シーサイドタウン……」
読み上げながら悲しそうに首を横に振る彼女の手を取り、引っ張る。少しだけ強引に立ち上がらせる。
「案内する。何度も遊びに行ったことがあるから」
さらりと付け足してみるも、彼女は自宅が分かることを純粋に安堵しただけのようだった。
手を取ったまま歩きだす。手を繋いでいることも、もしかするとはぐれないようにするためだけの気遣いだと思っているのかもしけないけれど、
(構うもんか)
それに、手を繋いでいれば自分も安心できる。
記憶がなくても、結は結だと思うことができる。繋いだ手の小ささも温かさも間違いなく結のものだと思うことができる。
たとえ彼女が忘れてしまっていても、自分は知っている。
桜を見ながら通った道を過ぎ、手を繋いで黄昏の中を歩いた路を歩く。ふたりで思い出を重ねた道を辿ったところで、斜め後ろをついてくる彼女の表情は不安な色を和らげもしなかった。
なにひとつ思い出させてやれないまま、シーサイドタウンの一角にある彼女の家の前に立つ。
「えと、鍵……」
「鞄の中」
鍵の閉まった扉の前で困った顔をする結に、甫は小さく囁きかける。
彼女以外には誰も住んでいない、電気の灯っていない家を見上げる。記憶のない彼女を、誰もいない家に取り残して帰るのは避けたかった。
だから今日は彼女の記憶が戻るまで、
(絶対、バイバイしない)
「あっ、そっか、そうですよね……!」
鞄をごそごそと探して見つけた家の鍵を宝物のように掲げる彼女に笑いかけ、勝手知ったる家とばかりに上がり込む。多少図々しく見えたって、知るものか。
(……けど)
彼女の家の廊下の電気を点けながら、玄関で行儀よく靴を脱いで揃える彼女の姿を盗み見る。
(結が結じゃないと)
慣れ親しんでいるはずの部屋が、まるで違う部屋のようにも思える。
知らない女性の部屋に上がり込んでいるような、悪事を働いているような罪悪感を追い払いたくて首を激しく横に振る。記憶がなくても、結は結だ。
結は甫の、――
「今日は俺がお茶を淹れる。結は座ってるといい」
知らない部屋を訪れた仔猫じみた仕草で部屋の入り口に立ち尽くす結の手を引き、リビングのテーブルに着かせる。
いつもは結に言われる通りに椅子に座り、キッチンでお茶を淹れる彼女を何だかふんわりとした幸せな気持ちが眺めるばかりだったけれど、今日は違う。
緊張した面持ちを崩さない彼女を視界の端に捉えたまま、彼女の代わりにキッチンに立つ。彼女がいつも手にしていたカウンターの上の紅茶の缶を取り、コンロの薬缶でお湯を沸かす。いつも見ていたとは言え、他人の家でお茶を淹れるのは勝手が違って手間取った。
(結はもっと上手に淹れてくれたのにな)
家事はそんなに好きではないらしいのに、手慣れて見えていたのは、いつもしているからなのだろう。
それに、彼女は努力家だ。だからこそ好きではないことも真面目にやって、だからこそ上手にこなしてみせられるのだろう。
「……ん、よし」
それでも何とか淹れられたお茶を彼女の前に置く。
結が結でないようで落ち着かなくはあるけれど、駅前の人目が多い場所とは違い、少なくとも一息はつける。それに、落ち着いて話をすれば、何か思い出せることもあるかもしれない。
「アルバムとか持ってないかな」
自分用にも淹れたお茶を口にしながら、彼女の向かいに座る。
同じ茶葉を使ったはずなのに彼女が淹れてくれるお茶とは違う風味に首を捻りつつ、部屋を見回す。ざっと見た感じ、この部屋にはアルバムらしいものは見当たらない。別の部屋を勝手に探すのはさすがに気が引ける。
「それか携帯に保存されてる写真とか」
思いつきを口にしてから、自分の携帯電話を取り出す。
「俺のやつもあるし」
「……私、のも?」
「うん」
不思議そうな彼女に笑いかけてみせる。
お茶を一口含んでから、彼女はふわりと小さな息を吐いた。何気ない仕草は、記憶があろうがなかろうが変わらないのだと見て取り、少し嬉しくなる。
まずは、と自分の携帯電話の写真フォルダを開く。
シーサイドタウンのゲームセンターで遊んだときに撮ったプリントシールのデータに、満開の桜を背景に並んで撮ったふたりの写真、黄昏の教室で何気なく撮った結の横顔、シーサイドタウンの大観覧車に乗ったときに外を眺めてはしゃぐ結、不意打ちで写真を撮られたことに照れて笑う結。
「私が、たくさん……」
「……うん、まあ」
頬を引っ掻く。他の写真ももっとあるものと思っていたけれど、最近の写真の大半を結が占めているとは思っていなかった。
「結のやつも見せてくれ」
照れ隠し気味に言ってみる。
小さく頷いて、結はスマートフォンを取り出した。慣れないような手つきで画面をタップする。甫には見えない角度で画面を見つめる結の頬が、次第に薄紅に染まってゆく。
「結?」
「えっ、あっ、えーと、」
「見せて」
テーブル越しに手を伸ばす。彼女は頬を染めたまま両手でスマホを胸に抱き、隠すような仕草をした。
その仕種に悪戯心が掻き立てられた。
「見せて?」
ぐいと身を乗り出し、彼女の手からスマホをひょいと取り上げる。パッと飛び込んできたのは、
「っと」
黄昏の教室の机に伏せて微塵の警戒心もなく眠りこける自分の寝顔。それが数枚続いた後には、甫の携帯電話にも入っていたプリントシールのデータに、桜を仰ぐ横顔、観覧車の中で照れたように笑う顔。
「俺がたくさんだ」
くすりと笑う。彼女も困ったように微笑んだ。
「たくさん、です」
結の笑顔を久しぶりに見た気がして嬉しくなった。
「どう、何か思い出せそう?」
けれどそう訊ねた途端、彼女の顔は元通りに曇る。栗色の髪を揺らして首を横に振る。悲しい顔をどうにかしたくて、
(ダメかなあ)
心の中の落胆を隠し、
「大丈夫だって、心配するな」
楽天的に言い放ってみせる。
「それじゃ、次は、……そうだな、実際に行ってみるのもいいかもしれない」
学校や、ふたりで行ったことの喫茶店、シーサイドタウンの観覧車や駅前のゲームセンター。ふたりで過ごした場所はたくさんある。
行ってみようかと立ち上がりかけたところで、
「あの、でも」
彼女が壁の時計を示した。夕方をとっくに過ぎたこの時間、学校はもう閉まっているかもしれない。喫茶店や観覧車やゲームセンターは、まさか補導されはすまいが、高校生が出歩くには遅い時間にかかりかねない。
(あー)
自分は然程気にしないけれど、根が真面目な結は気になるのかもしれない。
「じゃあ、それは明日に回そう」
言ってから、気づいた。明日になっても、彼女の記憶は戻らないのだろうか。
(ひょっとしてずっとこのままだったり……)
ふたりで重ねてきた思い出が彼女の中から消えたままになる。彼女の中から自分の記憶が消えたままになる。
(嫌だ!)
膨らむ不安に、子供が駄々を捏ねるように胸のうちで思わず喚く。頬を両手で張って不安を叩き潰す。
「も、鵙海、さん……?」
「甫」
「え?」
「甫、でいい」
「甫、君……」
遠慮がちに自分を呼ぶ結の声を耳にしながら、
(しまった)
甫は唇の裏を噛む。彼女を怯えさせてしまった。
「ごめん」
「ううん」
椅子に掛け直し、冷めたお茶を口にする。怖いのは、自分ではない。彼女だ。
「あの、……甫、君」
「ん?」
甫に倣うようにカップに唇をつけて後、意を決した表情で彼女が顔を上げた。両手に包んだカップをテーブルに置き、真直ぐに見つめてくる。
「あの、ね。私と甫君は、どういう仲なのかなって、思って……」
「恋人」
照れるより先に口にする。迷わずそれは伝えておかなくてはならないとは思うも、言ってから照れた。お茶を一気に飲み下す。
「恋、人」
噛み砕くように繰り返して、彼女はふと謎が解けたように微笑んだ。
「だから、あなたの顔を見て……少し安心したんだ……」
思わずといった風に呟いた直後、綻んだ頬がぎゅっと強張る。思いつめた瞳を向けてくる。
「そんな仲なのに、思い出せないって……ごめんなさい……」
自分を責める彼女の口調に焦る。キミのせいじゃない、と言いかけて、
「でも、」
彼女が向けてきた黄昏色の瞳の柔らかさに心を射貫かれた。
「あなたと話してると、怖かった気持ちがだんだん消えていくんです……」
ふうわりと微笑む彼女の瞳は、いつもの結そのもの。
「あなたの事が凄く好きなんだって、納得できました。ありがとうございます……!」
嬉しそうに丁寧に頭を下げられ、どうしていいのか分からなくなる。
目の前の少女が、愛おしくてしょうがなかった。いっそのこと、抱きしめてしまいたかった。
湧き上がる結への想いをぐっと抑え込む。今は自分の気持ちよりも彼女を優先しなくては。
「こういう時はほら、」
だから努めて明るく笑う。
「王子様のキスで呪いが解けたりするんだぜ?」
冗談すら言えなくなったらお終いだとばかりに言ってみせただけなのに、
「っ……!?」
彼女は白い頬を一瞬で真っ赤に染めた。
「えっ、あっ、……いやそのっ……」
つられて熱を帯びる頬を抑えて彼女から顔を逸らす。恋人になってから、キスは何度かしている。たぶん、今更照れるような、
(いや嘘照れる、何千回しようと照れるもんは照れるッ……)
それでも。
「でも、……甫君」
結の声に呼ばれ、顔を上げる。頬を上気させた彼女は、知らず息を呑んでしまうほどに綺麗で可愛かった。
「して、みる?」
キス、と囁く声に誘われ、彼女の前に立つ。誘ったはいいものの恥ずかしくなって動けなくなったらしい彼女の頬を片手で支え、ぎこちないまでも『王子様のキス』を捧げようとした、その刹那。
「あ!」
大声をあげて結が立ち上がった。顔をぶつけそうになって大きく仰け反り、抗議の声を上げようとして、きらきらと輝く黄金の瞳と目が合った。
「甫、君……!」
弾む声に、へにゃりと笑み崩れる顔に、結の記憶が戻ったことを悟る。
「……っ、良かった……良かったあー……」
きっとずっと不安でどきどきしていたに違いない心臓を抑え、緊張の解けた柔らかな声で呟く彼女は、
(結だ)
顔はさっきまでと同じ、けれど、
(結だ)
さっきまでとは違う、自分のよく知る結の顔。
言葉にならない気持ちに詰まる胸に、結を抱きしめる。
記憶が戻らなかったらどうしようかと思っていた。困っている彼女を助けてやれない自分が情けなくなり始めていた。自分がしっかりしなくてはと律し続けていた。だって記憶を失くしているのは彼女だ。自分は彼女を助けてやらなくてはならない立場だ。
途方に暮れてはいけない。縋ってはいけない。しっかりしなくてはいけない。挫けてはいけない。
「結」
良かった、と言うはずが彼女の名前を口にしていた。
「甫くん、」
「結」
「ありがとう……」
抱きしめた彼女が、抱きしめることで本当は縋りついてしまった彼女が、胸の中で小さく呟く。
「甫くんが居れば、何も怖くない……よね」
違う、と思う。きっととても怖かったはずだと思う。それでも結はそう言ってくれる。今も、抱きしめる振りをして縋りつく自分の背中を、気づけば溢れて止まらなくなっていた涙のせいで震える背中を、慰めるようにそっと擦ってくれている。
「結、結、……結」
溢れだす気持ちに、彼女の名以外の言葉が全部押し流されてしまう。ただひたすらに、愛しい彼女を呼び続ける。その存在を確かめ続ける。
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3人まで
シナリオジャンル
日常
定員
10人
参加キャラクター数
10人
シナリオスケジュール
シナリオガイド公開日
2018年04月26日
参加申し込みの期限
2018年05月03日 11時00分
アクション投稿の期限
2018年05月03日 11時00分
参加キャラクター一覧
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