レディ・ロゼッタの未来観測｜リアクション

レディ・ロゼッタの未来観測

　夕日に照らされ始めた花畑を上穗木千鶴が歩く。長く伸ばした前髪で表情はよくわからないが、歩く姿は元気がない。手の中には、薄紫の招待状。入った待合室は外気の割に妙に蒸し暑いが誰もいない。『おはいりください』のサインボードを見て、千鶴はそっと奥の扉をノックした。

「いらっしゃい。きれいな瞳をしているのね。お名前を教えてくれる？」
薄暗いのに、よくわかるものだ。千鶴は軽い驚きを覚えながら、名を名乗る。
「千鶴ちゃんね。来てくれてうれしいわ。ところで、あなたは占いって信じる？」
「いえ、実はあまり。でも、今は気になることがあって」
千鶴は目の前の占い師に語り始めた。
「ぼくには気になる男の子がいて……」
八十八旗信彦の顔が浮かぶ。千鶴にとって誰よりも身近に感じる男子生徒だ。部活も同じなら、寮も同じ星ヶ丘。一緒に行動することも多かった。あくまで、親しい友人としてであったのだが。
「きっかけを聞いてもいい？」
「入学して、出会ってまだ二ヶ月だ。でも、その間に四回も……おっぱいを触られてしまって……」
恥ずかしそうに小さな体をさらに小さくする。小さく、人形のように愛らしい千鶴だが、胸は成人女性が泣いて悔しがりそうなほど大きい。
「アンバランスな魅力ってやつかしら……あっと、ほめてるのよ」
うなだれる千鶴を、あわててロゼッタは慰めた。
「に、しても。罪作りな男のコね。責任とってもらわなくちゃって感じ？」
「いや、うん……どうしてもほかの男の子よりは気になってしまうな」
触っていいとは言えないが、嫌なわけでもない。説明しようとすればするほど、自分の気持ちがこんがらがっていくように感じた。
「彼には恋人がいることも知っている。どうしたらいいのか分からなくて」
この気持ちは恋なのか。ロゼッタは『恋だと信じる』『気持ちに蓋をする』の二つの道を仮定して、タロットに未来を聞く。
「ワンドのキング。王様は頼れる男性、心のよりどころを指すのよ。恋に限りなく近いけれど……なにか決定的に違うものを感じるわ。千鶴ちゃん自身もそれがあるから、自分の気持ちに確証が持てないんじゃないかしら」
そしてもう一枚。この気持ちは恋でない、とするならば。
「……これがこっちに出るのね」
ロゼッタは顔をしかめる。現れたのはThe Lovers、恋人のカードだ。夢見るように寄り添う二人の絵柄は幻影となって浮かび上がり、少年と少女の姿になる。金髪の少年は間違いなく信彦だ。だが、少女の姿はもやがかかったようになっていて確かめられない。
「ストレートに受け取るしかないわね。恋じゃないと言い聞かせようとするほど、辛くなってしまうでしょう」
「どういうことだろうか。どうしたら、いいんだろうか」
千鶴は二つのカードに浮かび上がった二つの信彦の幻影を見比べる。気持ちは千々に乱れていた。
「気になるんだからしょうがない。それでいいんじゃないかしら」
「えっ？」
「恋にすごーく近いレベルでなにか気になっちゃう。そういう気持ちになっている自分を受け入れてあげるところから始めましょう？　自分の心を抑えつけないでね」
きっと励まされているのだろう。千鶴はこくりとうなずく。恋する女子応援月間だとうそぶいて、ロゼッタは千円札だけを受け取った。