猫鳴館、自治会長選任戦1370春　～天使の羽選手権｜リアクション

猫鳴館、自治会長選任戦1370春　～天使の羽選手権

●候補者たちの準備：瓢編

　さて。三人目の候補者、骨削瓢は――まさかまさかの猫鳴館内デートをしていた。
「瓢さん、準備は大丈夫なの？」
　瓢のガールフレンドである天馬ひびきの灰色の二本のアホ毛が、（大丈夫なの？）と首を傾げるような動きをする。
「羽根は旅鴉画伯のセンスに任せてるから大丈夫だろうさ」
「その旅鴉画伯、どこにいるの？」
「秘密の場所で準備してもらってるからねぃ。あっしは敵情視察がてら、ひびき嬢とデートして、リラックスとウォーミングアップを図るのが仕事だよぃ。ところで、ひびき嬢、その服は？」
　ひびきはカチッとした制服を着て、首にシルクの洒落たスカーフを巻いて何時もより大人びた雰囲気だった。
「瓢さん空を飛ぶっていうから、応援しようと思って、パパの会社の服を借りて来たよ。んとね、キャビンなんちゃら」
「キャビンアテンダント」
「それ！　天馬航空はうちのグループ三本柱の１つで、エンブレムはペガサスなんだ」
　今更言うまでもないと思うが、ひびきはお嬢様である。
「見て。はやぶさとお揃いなの！」
　いつも鞄に入れて持ち歩いてるお気に入りのペガサスのぬいぐるみと、制服のエンブレムを並べて見せる。
「その恰好、よく似合うよぃ」
「ありがとー☆」
　いちゃいちゃしたハート塗れの雰囲気に、女性と縁の薄い猫鳴館男性陣が殺気を放つが、ふたりのラブバリアはそんなどす黒い殺気なんかものともしない。バーンと跳ね返された自らの嫉妬心に討たれて、モテナイ男性陣は次々と倒れてゆく。
　ひびきは、なにかなー？　と時々振り返りながらも、よくわからずに、瓢の腕に手を回した。
「皆色んな羽で飛ぶんだね、凄いね」
　製作途中の羽根はそれぞれ創意工夫に溢れていて、ひびきは瞳を煌めかせる。
　骨組みを組み立てる邪衣士の作業を見つめては、
「ほえええ～～」
　アルミ板を無心に削り続けるサキリ・デイジーカッターの作業を見つめては、
「職人さんみたいだねえ～」
　と感心しきりだ。
「ねえ、瓢さん。瓢さんの羽根も見たいなあ」
　おねだりすると、瓢はそれなら、と猫鳴館の外にひびきを連れ出した。

◇

　着いた場所は、三夜湖の湖畔。
　人目を憚るように樹々に隠れた場所で、旅鴉月詠と新田樹が作業に勤しんでいた。
「やあ。依頼主殿が来た」
　月詠が口の端をにやりと歪めると、樹も作業の手を止め、汗をぬぐう。
　彼女たちは今回の協力者だ。彼女たちこそ作戦の要。瓢はふたりを労った。
「お疲れさまだよぃ。調子はどうだい？」
「骨削さんの立派な羽根作り、順調だよ。あとは絵を描いてデザイン性を上げたいと思ってたとこ」
　樹は傘をばらして作った羽根状の骨組みに、生地を張っただけのまっさらな羽根を指さす。
「ドクロとか鳥の骨のデザインなんてどうだろ？」
「任せるよぃ」
「やった。頑張って描くね！」
　樹はガッツポーズして、黒の絵の具に手を伸ばした。
　一方、鑿を手にした月詠は、立派な木材を相手に、なにやら彫刻の最中だったようである。月詠のまわりには、『図解いにしえの兵器』だとか、明らかに謎の木製おもちゃのバラバラ残骸だとかが散らばっている。
「これも羽根の素材なの？」
　ひびきの質問に、月詠はにやありと笑った。
「ひみつ」
「ええ～？」
「本番のお楽しみだ」
　ぷうっとほっぺたを膨らませたのも束の間、ひびきは瓢の正面に回ると、彼に手作りのお守りを渡す。それは青地に星柄の小袋で、縁起が良いとされる二重叶結びという結び方で口を結んであった。
「瓢さん、これ持ってて。怪我しないようにおまじない」
「ありがたいねぇ。何が入ってるんだい？」
　無造作にお守り袋の中を検めようとする瓢を、ひびきは慌てて止める。
「あっ、お守りは開けちゃだめなんだよう？」
　中に入っているのはひびきの写真だ。開けたからって怒らないけれど、ご利益が無くなっちゃったら困る。
「ひみつかい？」
「そ、そう！　ひびきの気持ちがいーっぱい詰まってるから、開けたら飛んでっちゃう！」
　それを聞いた瓢はお守りをじっと見つめたのち、懐に仕舞ってぱんぱんと上から叩いた。
「ひびき嬢の気持ち、大事にさせてもらうよぃ」