猫鳴館、自治会長選任戦1370春　～天使の羽選手権｜リアクション

猫鳴館、自治会長選任戦1370春　～天使の羽選手権

●プロローグ

「え？　俺、ここの自治会員だった？」
　眠そうに半分閉じていた目を見開いて、北里雅樹は自分を指さし素っ頓狂な声を上げる。

　ここは、寝子高裏手の森の中にある非公式寮・猫鳴館。
　運営は学生の自治によって行われ、その中心となるのが自治会である。自治会のさらに中心が自治会長で任期は半年。そして今、館内は、半期に一度の自治会長を選ぶ選任戦『天使の羽選手権』の準備で大わらわであった。
「……というか、俺、いつのまに自治会員になってたんだ？」
　三年生の雅樹は、目の前でにこにこしている現自治会長の橘明里に真顔で問いかけるくらい、素で自分が自治会員だったことを忘れていた。
「あかりは途中から猫鳴館に引っ越して来たからわからないのなの。でも名簿にお名前があるのなのよ。自治会長選の準備、いろいろよろしくお願いしますなの、先輩」
「お、おう」
　先輩、と呼ばれて気が引き締まる。気付けばもう最上級生なのだ。今回はさすがに幽霊自治会員なりに頑張らなきゃなるまい。
　ふと、玄関先の段ボール箱が目に留まる。中には真っ白い褌が入っている。それを広げ、思い立ってぽつり。
「……横断幕くらい作るか」
　すると真後ろからか細い女の子の声がした。
「横断幕作るなら、材料の指定があれば買ってくるよ」
「うわっ、びっくりした！」
　振り返ると、沢山のおにぎりが載ったお盆を手に立っていたのは、準備の手伝いに来ていた桜花寮生の恵御納夏朝――の、もう一人の人格、夏夜だった。
　今回は夏夜のたっての希望で、夏朝と代わってもらったのだ。
（夏朝と分離・共存できたなら、寝子高生になれたなら……金銭面も考えて、猫鳴館生になるだろうな、僕は）
　そうしたらきっと自治会長選も立候補していたかもしれない。そんなもう一つの可能性に思いを馳せる。
（……いや、今は叶っていない事だ。どのみち今回は他寮生。中立の立場で協力する！）
　夏夜の瞳から、猫鳴館生以上の強い意志を感じた雅樹は、ちょっとたじろぎ乍らも、
「それなら、あれと、これと……」
　と買い物を頼む。
　出かけていった夏夜と入れ替わりにやってきたのは、雅樹の幼馴染で元カノでもある椎井莉鳥であった。
「……相変わらず落ち着かないわね、猫鳴館は。今度は何？」
　呆れ口調で館内を眺めながら、雅樹の母親から預かった着替えを手渡す。
　すると雅樹は着替えの荷物なんかより、莉鳥の手の方をがっしり握ってまっすぐに彼女の目を見つめた。
「椎井。今時間あるか？」
「な、なくもないけど……、なに？」
　いつもぼんやり気味な彼がこんなに真剣に訴えかけてくるなんて何かあったのだろうか。
　荷物を取り落したのも気づかず、見つめ返す。すると彼はこう言った。
「頼む、手伝ってくれ！」
「え、ええ？」
　こうして莉鳥もなし崩し的に準備に巻き込まれていったのであった。

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