夢のアロマキャンドル｜リアクション

夢のアロマキャンドル

　桜花寮の窓の明かりが消えてゆく。空には星々が瞬き、今日を終わろうとしていた。
　雨寺凛も部屋の明かりを消した。机に置いたアロマキャンドルだけが淡い明かりを灯していた。
　見下ろした形で大きく息を吸い込んだ。
「良い買い物をしたかも♪」
　いそいそとベッドに向かう。
「素敵な夢が見れるといいな。おやすみなさーい！」
　掛布団を口元まで引き上げて笑顔のまま眠りに就いた。

　歓声が沸き起こる。熱狂した人々が一方に向かって拳を突き出す。
「わー、人がいっぱい！」
　凛は驚いたように見回す。無数の人に囲まれていた。個々が一斉に飛び跳ねる姿は黒い巨大な波のうねりを生んだ。
「こんな規模の野外コンサートは初めてかも！」
　目を丸くして同じように飛び跳ねる。
　ドラムの音が聞こえてきた。闇に沈んでいたステージが光によって浮上した。絶叫が迸る。
　興奮を抑えられない凛は両手を挙げた。
「伝説のバンド『ザ・フライング・ストーンズ』だよ！」
　ドラムの音に二人のギタリストが音を合わせた。細身のボーカルがステージ上を歩き回る。マイクパフォーマンスで観客の士気を高めた。
「生演奏が聞けるなんて！　このフレーズ、パパのオーディオで何回も聴いたよ！」
　長い髪を左右に振ってリズムに乗る。
　ボーカルがメンバーの紹介を始める。名前を挙げられる度に観客が熱狂で応えた。
　最後にスペシャルゲストの名が挙げられた。
　凛は目を丸くして固まった。
「聞き間違えた？」
　棒立ちとなった凛にスポットライトが浴びせられた。
　ボーカルは大きく手で招く。マイクを口に当てて、今一度、その名を叫ぶ。
「リン・アマデラ！」
　観客が左右に寄った。凛の前に道が出来た。ステージには凛の赤いギターが専用のスタンドに立てられていた。
「こんな大勢の前でセッションって……思いっきりやるしかないよね！」
　ステージに向かって凛は走り出す。フェンスを乗り越えて予備の階段を駆け上がった。
　相棒のギターを胸に抱き、凛は観客に向かって大きく手を振った。瞬く間に声援が全身を呑み込む。巨大な波のうねりが眼下で展開された。
「がんばるよー！」
　ボーカルは手で観客を煽る。直後に曲名を告げた。
　二人のギタリストが凛の左右に立つ。目配せを交わし、三人のギタリストによる演奏が始まった。遅れてドラムが合わさり、ボーカルが軽快に踊りながら歌い始める。
　三人はギターを弾きながらネックを上下に動かした。
　――この曲には縁があるんだよね！
　心地良い波に揺られるようにギターを弾く。
　ボーカルが凛の名を呼んだ。意図を理解してステージの最前に立った。原曲の主旋律に則り、独自のアレンジでギターを掻き鳴らす。
　歓声が背中を押してくれた。凛は弾きながら回る。パンツルックを活かし、蹴り上げるような格好で締め括った。
　ボーカルが前に出た。凛は後ろに下がって演奏を続ける。
　曲の最後、ドラムを除いた全員が跳んだ。タイミングを合わせて花火が打ち上げられた。
　夜空に大輪の花を咲かせる。
「みんな、ありがとーーー！！」
　凛は両手を振った。温かくも力強い声援を全身で受け取った。

　身体が震えた。
「……ん、ああ、夢、なのね……」
　上体を捩じるようにして身を起こす。掛布団は足元で丸くなっていた。
　凛は軽く伸びをした。
「いやー、とっても楽しい夢だったよ」
　ボサボサの髪を両手で整えた。体内に残った余熱を吐き出し、ベッドから下りた。
　机の上で燃え尽きたアロマキャンドルに視線を送る。
「今日はロックスターの気分で登校するぜ、イェーイ♪」
　陽気な声を出し、明るいカーテンを開け放った。

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