夢のアロマキャンドル｜リアクション

夢のアロマキャンドル

　日曜日の昼下がり、北条冬華は食材を求めて寝子島シーサイドタウン駅へと訪れた。真っ直ぐに建物には向かわなかった。耳に飛び込んできた売り文句に誘われて露店の前で足を止める。
「夢が見られるアロマキャンドルですか」
「お一つ、いかがですか」
　銀髪の青年は目を細めて言った。冬華はそれとなく微笑んだ。
「面白そうなので買います」
「お買い上げ、ありがとうございます」
　簡単に購入を決めるのだった。

　シーサイドタウンにあるアパートの一室は外と同じように薄暗い。アロマキャンドルの周囲だけが僅かに明るかった。
　冬華は水色のネグリジェを着てベッドに横たわっている。今にも落ちそうな瞼で小さな灯りを漫然と眺めていた。

　周囲を見回した冬華は戸惑いの表情を見せる。薄茶色の畑の中に立っていた。服装はタンクトップにジーンズ。農作業用の長靴を穿いていた。
「あの、どうして私は畑にいるのでしょうか」
　麦藁帽子を被った初老の男性に問い掛ける。
「バイト代は弾むよ。まずは俺が手本を見せる」
　男性は立てていた鍬を掴むと畑を耕し始めた。同じ調子で続ける。畑に黒い線が綺麗に出来上がった。
「そこにある鍬で同じようにするんだぞ」
「やったことがないのですが」
　やんわりとした反論は鍬を振るう音に邪魔された。男性はサクサクと音を奏でるように作業を続ける。
　軽い溜息を吐いて冬華は鍬を手にした。両手で柄を握り、畑に向かって振り下ろす。刺さった刃は左右に揺らして引き上げた。
「想像よりも重いです」
　少しふらついたが構わずに振り下ろした。何回か繰り返していくとリズムが出てきた。表情が少し和らぐ。
　そこに男性の声が飛ぶ。
「もう少し腰に力を入れないとダメだよ。もっと刃を深く入れて混ぜ込むような気持ちでやらないと」
「……はい、わかりました」
　指示された通りに鍬を動かす。ちらりと見た男性は笑顔を浮かべていた。
　冬華は勢いに乗った。鍬はリズムを刻む。表情はやや辛そうに見える。
「掌がジンジンします……胸が擦れて、痛いです……」
　控え目な弱音を吐きながら耕していく。
　程なくして黒々とした畑に生まれ変わった。冬華は首に下げたタオルで顔の汗を拭いた。
「爽快な気分です」
「そうか、それは良かった。次はジャガイモを掘り出すぞ」
「まだ、やるのですか？」
「ほら、この畑の横を見てみろ」
　促された先に新たな畑があった。収穫の頃合いを示すように枯れ葉が目立つ。
「単純に引っ張り出せばいい」
「それはわかるのですが……」
　耕した畑の倍くらいの広さを有していた。休む間もなく、次の作業に入る。
　男性は手際よくジャガイモを引き抜いた。一列になるように土の上に並べていく。
　その姿を手本にして冬華が挑む。途中で茎が切れて慌てて手で掘り起こした。
　男性は手を休めない。無心で作業を続ける。差は広がる一方であった。
「急がないと」
　引き抜く力のせいで頻繁に土が飛び散る。汗で湿った肌に張り付いて土気色になってきた。
　次第に速度が落ちてきた。冬華は汗を拭うことも忘れて手を動かす。
「この中腰が、厳しいです……」
　タンクトップの中で大きな胸が暴れる。上体が不安定となり、膝が笑い始めた。
「これでいくら、貰えるのでしょうか……」
　冬華は泣き笑いの表情でジャガイモとの格闘を続けた。

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