夢のアロマキャンドル｜リアクション

夢のアロマキャンドル

　大型の弁才船が港から出帆した。商船らしく様々な荷を積んでいた。相応の人足が乗り込み、簡素な甲冑を着込んだ兵士も備えられた。
　本帆は適度な風を受けて島々の間を抜けていく。
　俄かに甲板が騒然となった。右手から中型の帆船が急速に近づいてくる。乗り込んでいた者達は等しく凶相で抜身の刀を持っていた。
　その中心に立ち、腕を組んでいた新田亮が大音声で言い放つ。
「宝船は目の前だ！　奪えるものは全て奪え！　もちろん逆らう奴の命もだ！　野郎共、海賊としての役目を果たせ！　わかったな！」
　荒くれ共は雄叫びを上げた。声の小さい者にはナイフが飛んだ。左胸を深々と刺され、呻き声を上げて青黒い海に落ちていった。
　場が静まり返る。怯えたような目が亮に集まった。銀色の鱗を思わせる甲冑は薄い刃の投げナイフで構成されていた。
「必要のない歯車は俺が切り捨てる！　そのつもりで働け！」
　商船の土手っ腹に舳をぶつけた。海賊達は決死の形相で商船に跳び移る。逃げ惑う人足を容赦なく斬り伏せた。
「させるか！」
　凛々しい顔立ちの兵士が怪気炎を上げる。雪崩れ込む海賊に大気を寸断するような一刀を振るう。袈裟斬りにされた一人は血飛沫を上げて海中に没した。繰り出される凄まじい斬撃は捌き切れず、次々に海へと葬った。
　兵士の周囲に血風が漂う。
「中々の手練れだな！　俺が相手をするまで息絶えるんじゃねぇぞ！」
　亮は軽業師のように縦横無尽に跳躍した。荷を守る他の兵士にナイフを放つ。関節部分を貫き、怯んだところを海賊達が四方から斬り掛かる。赤い間欠泉が噴き上がり、命を失った身体はその場に頽れた。
「今の内に積み荷を奪え！」
　亮の横手から返り血を浴びた兵士が急激に迫る。振り下ろされた一刀は後方に跳んで躱し、宙空で二本のナイフを放つ。
　兵士の斬撃が二本を同時に弾き返した。亮は舌なめずりをして笑う。
「歴戦の勇士なのか、ただの愚か者か。命が惜しくないのか？」
「悪漢にくれてやる命はない」
　兵士は八相の構えでにじり寄る。好機と見て左手から斬り掛かった海賊を一刀で退けた。亮から視線を逸らさず、間合いを詰めていく。
　周囲には剣戟が鳴り響く。騒乱の度合いが濃厚になる中、二人は堂々と果し合いに臨む。
　亮は悪鬼の形相で笑った。
「俺には要らない命だが貰ってやる。さっさと海の藻屑になるがいい」
「その程度のナイフの数で怯む俺ではない」
「試してみるか？」
　亮は両方の指の間にナイフを挟んだ。八本の刃を手にした状態で腕を交差させた。飛び出す瞬間を待つように腰を沈める。
　兵士の動きが止まった。二人の間合いは重なる寸前まで迫っていた。
「貫かれろ！」
「斬り裂け！」
　間合いに踏み込んだ瞬間、両者は激突した。銀色の光の筋が大気を穿ち、咲いた血の花を冷やかな一閃が薙ぎ払う。
「カット！」
　弁才船の後方、艫屋倉（ともやぐら）からの声であった。監督は満足そうな表情で撮った映像を確認している。
　斬り伏せられた亮は血塗れの姿で起き上がると駆け出した。
「あ、あの、俺の演技は、どうでしたか」
「台詞は何回か撮り直したが活劇に関しては良い出来だった」
「ほ、本当ですか。夢みたいで、その、嬉しいです」
「夢じゃないぞ」
　監督は笑って亮の肩を叩いた。

「……なんだよ。やっぱり夢じゃないか」
　むくりと身体を起こす。後ろを振り返ると枕がなかった。何故なのか。部屋の隅の方に転がっていた。掛布団は足元でへの字になっていた。
　軽く左右の肩を回す。
「寝たような気がしない。まぁ、面白い夢だったから、良しとするか」
　ナイフを投げるような手付きで亮はにやりと笑った。

このページにイラストを設定する