夢のアロマキャンドル｜リアクション

夢のアロマキャンドル

　朝の陽光を受けて生徒達が元気に寝子島中学校の正門を通り抜けていく。
　賑やかな女子の集団が昨晩のドラマの話で盛り上がる。笑いながら校舎へと向かった。
　中原さくやが後に続く。前髪に隠れた目でとぼとぼと歩いていた。
　校舎に入ると誰もいない。ひっそりとした下駄箱の一つを開ける。心の動揺を伝えるかのようにおさげが震えた。
　上履きと一緒に取り出されたのは真っ白な封筒であった。怖々と中身を開けると一枚の便箋が入っていた。
『昼休み、体育館裏で待つ』
　力強い筆跡と内容に唇が戦慄く。
　――あたし、呼び出されるようなこと、してないよ？　クラスで全然、目立ってないし。それにみんなの気分が悪くなるようなこと、してないよね？
　便箋を封筒に戻した。背は丸くなり、自然と溜息が漏れる。
「……行かなくっちゃ」
　さくやは上履きに履き替えた。刻むような歩き方で教室へと向かった。

　昼休みを迎えた。仲の良い友達同士が寄り集まる。賑やかさに拍車を掛けた。
　さくやは誰の目にも留まらないようにして教室を抜け出した。華やかな声に背を向けて力なく歩き出す。
「……行きたくないのに」
　ぽつりと呟いて便箋に書かれた場所にやってきた。
　男子が一人、落ち着かない様子で待っていた。見たことのある横顔にさくやは考え込むように立ち尽くす。
　――あれは隣のクラスの男子なんだけど。クラスの女子がよく噂してるし、割と人気があるんだよね。
　でも、なんで、あたしなの？　何もしてないのに。
　胸の中を渦巻く不安で声が出せない。まごまごしている間に男子と目が合った。少し興奮した顔で駆け寄られ、ビクッと身体が反応した。
「あ、あの、な、何かな？」
「ずっとあなたのことが好きでした。僕と付き合ってください！」
　赤い顔で全力の告白をした。さくやは前髪に隠れた目で相手を窺う。
　――これは、アレかな。何かの罰ゲームなんじゃないの。うん、たぶん、そう。
　みんなはどこかに隠れていて、あたしの『いいよ』の一言を待ってるんだよね。
　小さく頷いたさくやは頻りに顔を動かす。身を潜められそうなところに目を向けた。
「どうかした？」
　男子は心配そうな顔で聞いてきた。
「あ、うん。ちょっと、ね」
「俺が好きな気持ちは本当だ。だから真剣に答えて欲しい！」
　一歩を踏み出した男子はさくやの手を握った。逃げられないようにして引き寄せる。
「ま、待って。顔が、あの、近いよ……」
　相手の息が感じられそうな近さに背中が反った。横に向けた顔が細かく左右に振られた。
　――信じない。こんなの、絶対、ウソだよ。夢じゃないとおかしいって。
　さくやの動きが止まった。
「……これ、夢だよね」

　瞬間、目が覚めた。薄暗い部屋は新しい朝を迎えて明るく生まれ変わっていた。
　枕元には火の消えたアロマキャンドルが置いてあった。
　――これ、なんだったかな。
　じっと見詰めていると昨日のことが頭に思い浮かぶ。頬に赤みが差して少し膨らんだ。
　――怪しい露店の人が売っていた物だ。夢が見られるとか言っていたよね。
　寝癖の付いた頭で上体を起こす。掛布団に軽く両手を叩き付けた。
「……悪夢なんて、聞いてないよ」
　ブツブツと聞き取れない文句を言いながら起き上がる。
　いつも通り、身支度を整えて静かに部屋を出ていった。