＜宝石人形＞柘榴石ガネット｜リアクション

＜宝石人形＞柘榴石ガネット

　【ファン】

「おや、おまえさん。ケンさんのところの……」
　大天使天吏が歩く、ＳＮＳで人形の目撃情報のあった場所にて。
　髪色も、髪型も服装も似た、目撃された人形と似た姿をして歩く天吏に、一人の歳を召した老人の女性が話し掛けてきた。
「この間は、料理の本をあげたけれども参考になったかねぇ。
　お菓子も作ってみたいと言っていたけれども、あれからどうだい？
　人形が動くだなんて、とても不思議だけれども、ケンさんは本当に良い娘さんに好いてもらったって。
　皆心配してたんだよ、一人じゃ料理もままならないケンさんじゃって……」

　──話の内容から、ほぼ間違いない。この老婆は人形もその相手も知っている。

「いえ、違うんです。私、その噂になっている人のファンなんです。
　人形だって言っているけれども、あれは特殊メイクの演技なんです」
「えっ？　そうなのかいっ？」
「はい。その技術と演技はトップクラスで──私、その人のファンなんです。誰か、彼女と仲のいい人がいたら教えてもらえませんか？　少しでもお近づきになりたくて」
「そうだねぇ。仲がいいって言ったら、やっぱりケンさんだろうねぇ」
　そう言うと、老婆は旧市街特有の親しみやすさで、天吏にその『ケンさん』と呼ばれる老人の住んでいるアパートの場所を、口頭で天吏に道順まで細やかに伝え教えてしまった。そして、天吏はそれをしっかりと覚え切る。

　そして、その情報を頼りに天吏はケンの住まいに辿り着いた。
「ああ待ってたよ、ガネットちゃ──あんたは誰だい？」
　いそいそと相手をろくに確認せずにドアを開けた『ケンさん』と呼ばれる老人は、天吏の姿を見て目を見開いた。
『私が誰かなんて関係ありません』──急く心から浮かんだ返答を天吏は静かに脇に置く。
　天吏の目的は『老人と人形』による『愛』という、人間という劣等種特有の『劣等種が勝手に名付けた』感情の観察である。
　今回の観察対象は──片方は生殖すらままならなそうな老人。そしてもう片方は生殖以前に無機物だ。
　目下『愛という、愚かしい言葉の体現』をしようとしている研究体の中に、これ以上の研究観察対象は、一体どこにあるのだろう。

「私は貴方、否、貴方達の恋路の邪魔をしようだなんて思っていません。ただ、貴方達の恋、繁殖活動が見たいだけです」
「は、繁殖活動……！？」
　素っ頓狂な言葉と共にドアを閉めるのを忘れるケンに、天吏は手持ちのバッグから決して安くない金額の入った封筒を渡して告げた。

「難しいことは言っていません。
『一人と一体で過ごしている』ところを見せてください。観察できるだけでいいので」
「だけどよ、急にそんなこと──……」
　見世物な訳では無い、そう言い掛けたケンの言葉が封殺される。封筒の中身からは、それだけの金額が覗いていた。

「しゃあねぇなぁ……これなら、金でガネットちゃんの世話にならなくて済みそうだしなぁ……」
　──そう言って、日々の生活費も心許なかったケンは容易く買収され、便りも一足早く、天吏を部屋の中へと招き入れた。