「あら?」
「どうかしたの?」
「私の財布が……最近お金が減っているような気がして」
九夜山にある
Antique doll "製作者"の館──森の中、山の麓にあるアンティークドール製作を生業にした人形師の大きな屋敷にて、使用人達からそんな話題が上がり始めた。
事の始まりは数日前。ここの主である制作者は、大きな商談の為、今は留守を預けて海外にいる。
──そんな最中、使用人達の持ち物が紛失し始める不可思議な現象が起き始めた。
最初は、ハンカチだった気がする。次がティッシュ。それが、ペンとなり、時計となり、この間には中身が全て出されたバッグのみが消えていた。そして、ついに現金である。
「幸いにして、昨日確認しましたが、ご主人様の貴重品と人形は無事。盗まれているのは、我々の持ち物だけのようです」
流石にこれを使用人達も気のせいでは片付けられず、朝の集合の折に、使用人達を取り纏める執事が口にした。
「警察には──」
「ご主人様は大切な商談で離れておられる。今警察を呼べば、ご主人様のご商談に拘わります。
しかも、身内の仕業の可能性が高いとなれば。すぐにでも、犯人には名乗り出て──」
「金はともかく、そんな変な物を誰が盗みますか!」
「……人形が、盗んでいる、とか」
前々から、使用人達の間では話題になっている。ここしばらく、主の人形には何か問題が起こっているらしい。正確には『人形が動いている』らしい。しかし肝心な時には、いつも人払いや数日の暇を出されてしまう為、その事象に使用人達は遭遇したことがない。
一同が顔を見合わせる最中。
「わ、私見ました! SNSのネタだったんですが『ここ数日、寝子島のとあるボロアパートからゴミ出しをしたり、料理の食材を買っていく等身大の人形を見た!』っていう! これって、屋敷の人形じゃ……!」
「ど、どの人形だ!? 特徴は?」
「分かりません!」
「……。
今、人形は確認した限り全て屋敷内にあります。
もし、もしも。屋敷の人形が動いているなら、屋敷の出入り口にある監視カメラに写っている可能性があります。警備会社にそれを調べてもらいましょう……全ては、それからです」
執事は、その場を何とか纏めつつも、己の知りうる現実との境界で、制作者への連絡を悩みながら頭を抱えることしか出来なかった。
「──」
閉じた扉の向こう側。
それを聞いていた、館の雰囲気からはとても浮いて見える、肩出しのセクシーな服を着た女性が、無言でそっとその場を離れた。
戻った先には、様々に飾られる人形達の部屋。
そして、一席だけ誰も座っていない椅子の下から、使用人達から『借りた』諸々の品が入ったバッグを引っ張り出す。
「さて……お金も借りて、と。今日もガネットはダーリンに逢いに行きます。
『死が二人を別つまで』……待っててね、ダァリン♪」
そうして、女性は裏口から監視カメラに写らないように、出てすぐに茂みに飛び込むように姿を消した。
明るい陽の光が、長くはない黒のスカートの先にある、丸い膝の球体関節に滑る。
そして肩出しの桃色の洋服から見える、胸先に埋め込まれたワインレッドの宝石が、太陽光にも負けない勢いで、光に反射し眩しく煌めいた。
+‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥+
「ケンさん、それは本当かい?
『お人形さんが身の回りの面倒を見てくれる』だなんて」
「いくら独り身で来てくれるのがあの世のお迎えしかなさそうでも、流石にケンさんそれは夢だよ」
「……やっぱり夢かねぇ」
ほぼ『他人事じゃないんだ、ボケないでくれ』という説得にも近い言葉の数々に、久しぶりに老人達の集まりに参加した、ケンさんと呼ばれた冴えない薄白髪の老人は、断念したように声を上げた。
「そりゃあ──」
「だぁーりーん!♪ 会いたかったわー!
もうっ、勝手に部屋からいなくなっちゃうだなんて探しちゃったじゃない」
「あ、ああ! あれだ! すぐ行くよ!
それじゃな──!」
そうして、慌てた様子で周囲に軽く挨拶して、少し曲がった背中を忙しなく向けながらケンがその場を離れていく。
「関節……本当に、人形だ……顔とか人間そっくりなのに」
その現場を目の当たりにした老人達は、その遠目にはそうとは思えない、堂々たる立ち振る舞いをしていた女性の人形と、去りゆくケンの姿を呆然と眺めていた。
「もうっ、ダーリン。私に何も言わないでいなくならないで。寂しくて怖くなっちゃうじゃない」
「あ、ああ、悪かったよ」
『旧市街の某ボロアパートにて。歩く等身大の人形が通い妻生活している』
──噂が、確証となり『フツウ』が壊れるまで、後○日──
初めましてこんにちは。冬眠と申します。
今回は一応<宝石人形>というシリーズではありますが、内容は単発の為、初めての方でも問題なく入っていただけるかと思われます。シリーズの他リアクションを読まなくとも十分ご参加可能となっておりますので、お気軽にご参加頂けましたら幸いでございます。
それでは、まずは以下より状況の説明を行わせていただきます。
状況
Antique doll "製作者"の館(寝子島セカンドマップより)【I-4】から、
神魂の影響により、制作者の渾身作、人形に宝石をあしらった人と同じ大きさの<宝石人形>シリーズの中より、保管されていた1体が動き出しました。
『ガネット』と名付けられたその人形は、制作者の留守中に神魂の影響を受けて、とある老人に一目ぼれし、昼夜問わず動き回っています。
そして、館の使用人達から『借りる』という認識で、所持品をこっそり盗みながら、毎日、館の外にこっそり抜け出しては、とある老い先短い孤独な老人の元へ、まるで運命の人を見つけたかのように、足しげく通っては家事全般の諸々のお世話をし始めました。
しかし、その人形は『人形が動ける事が、普通ではない』事を意識しておらず、公衆の面前に、堂々と現れます。
自分が人形であることを隠そうとせず、また神魂の影響が今回は一際長い事から、その存在は噂から、周囲の人々にとっては段々と確証へと変わりつつあります。
SNSによる拡散情報もあり、既に軽く検索すれば、誰もが知れる情報となっております。
そして、いつもよりも長い神魂の影響はいつまで続くか分からず、このまま沢山の人に認知されてはフツウが破壊される恐れがあります。
行動開始時間と、期限
朝、午前10時からの丸一日間。
人形は既に館を抜け出しており、館のある【I-4】から、食事の食材を買いに参道商店街を通り、老人の住居である【K-4】へ向かっています。
NPC
※【PL様情報】記載内容以外は、全てPC様が最初から知っているものとして行動して頂けます。
○人形
・『ガネット』と名付けられた左胸に深紅の巨大なガーネットルースを埋め込まれた等身大ビスクドール(実寸170cm)。
・金の髪のショートウェーブ、黒のミニスカートに桃色の肩出しデザインの、派手ながらに大人びた現代ファッションデザインの服を身につけている。
(肩口から宝石がはっきりと見えるのと、スカートから見える球体関節を隠そうとしない為、一目で人形と分かる)
・ケンに一目惚れし、ケンの家であるボロアパートに通っては、片付けをし、料理を作り、洗濯をするなど、徹底的に尽くす事に幸せを感じている。
・深いことは考えない。愛に一途。愛する事しか見えていない。ヤンデレ気味。
・自分と愛する人以外の事は、結構どうでも良いと思っている。
【PL情報(PC様が知る為に、アクションにて一手間必要な情報)】
・数ヶ月前、ガネットの持ち主の男性が借金により破産。ガネットは借金の工面として、そこから製作者に買い戻された。
・神魂の影響により、ガネットが初めて動いた日。寝子島神社にお参りに来ていたケンの姿を、館の窓から見て一目ぼれした。
○老人
・『ケン』さんと呼ばれる、結婚もしないままに身寄りもなく、今いちパッとしないままに残りの人生をだらだらと過ごしている、このままでは孤独死が避けられない環境の老人(83歳)。
・生活費となる金もおぼつかない。度胸もなければ気力もない。あまり現実も見えていない。
・ガネットに関しても、お迎え前の最後の夢か何かだと錯覚している。
○執事
・制作者から館を一任された使用人達の纏め役。
・使用人達の中で一番長く務めており、制作者からの信頼も厚く、有事には人形が飾り置かれている部屋へ入る事も許されている。
だが、人形が動く事に関しては懐疑的で、今回の件に関しては状況について行けていない。
【PL情報(PC様が知る為に、アクションにて一手間必要な情報)】
・ガネットが映っている映像を持っているが、未知への挙動不審と半信半疑から、最初の一回以降、人形の部屋の確認を行っていない。
○人形制作者
『トキサダ』と名乗る、沢山のドールを製作してきた人形師。
今回は、海外へ大事な商談へと向かっており、戻ってくるのは一ヶ月後。
商談を投げ出せば三日で戻れるが、今後の製作活動に大きな影響をきたす。
何ができるのか?
フツウが壊れる前に事態の収拾を図るのが、今回の最低目標条件となります。
基本的に、ガネットと、ケン、人形制作者の館にいる執事と使用人達にかかわる行動でしたら、ご自由にアプローチを掛けて頂く事が可能です。
注意事項
▼アクションについて
○同じシーンでのアクション競合
同一場面内にて意見が対立するアクションが発生しました場合には、
内容の吟味と併せまして、ダイスによるマスタリングを行う可能性が御座います。
※そのマスタリング結果によりましては、競合した方どちらかの行動が反映されますが、
成功失敗問わず、その結果がエンディングにて良い方向へ向かうとは限りません。
それでは、どうか宜しくお願い致します。