【球技大会】とびきり熱い空の下（後日談）｜リアクション

【球技大会】とびきり熱い空の下（後日談）

　夜と朝の狭間の旧市街に軽快な足音が響く。
　閑散とした通りを新田亮が走っていた。短髪は濡れ光り、顎先から汗が滴る。黒いランニングウェアは腕を振る度に小気味よい音を立てた。
　朝刊を配り終えたバイクを横目に尚も走る。夜明けを報せる朝陽を正面に受けて亮は少し顔を背けた。
　見つけた路地へと駆け込んだ。左腕に嵌めた時計に目を落とす。
「切り上げる時間か」
　言いながら足を止めない。薄暗い路地を抜けた。朝陽を背に受けて走り続ける。
　――球技大会の興奮の熱が、未だに身体に残っている。無邪気な子供のようだな、俺は。
　微かな自嘲を込めた笑みが浮かぶ。口元に手を当てた。
「こんな時は笑えるのか」
　――でも、あの勝利は本当に。
　優しげな目となった。

　寝子島高校の第一グラウンドは声援と拍手に包まれた。
　初日のドッジボール、最後の試合が終わった。白猫組の勝利となった。
　戦いを終えた生徒達は安堵の表情で観客の声に身振りで答える。
　白猫組の亮は表面上、無表情に近い。喜ぶ仲間にそれとなく目を向けていた。
　――密かに練習した甲斐があったな。組全体の勝利はわからないが。
　火照った身体に心地よい風が吹いてきた。亮は安らかな表情となった。
　――そう、決まってはいないが、この風のように良い追い風になるだろう。
　踵を返し、設置された一つのテントへと向かう。体育委員会の手によってスポーツドリンクが振る舞われていた。
「俺にも」
　口が止まる。七夜あおいの姿を認めた。自身の顔に手で風を送っていた。
「あの、どうしました？」
「あ、そうだな。スポーツドリンクを貰いにきた。相棒にも持っていきたいので二つで頼む」
「いいですよ。はい、どうぞ」
「ありがとう」
　両手に紙コップを持ち、亮はあおいのところに向かった。
「お疲れ」
　亮は言葉と共に紙コップを差し出した。あおいは笑顔で受け取った。
「ありがとう。もうね、喉がカラカラ」
「俺も同じだ。白組の勝利に乾杯しないか？」
「それ、いいね。じゃあ、かんぱーい！」
　あおいは人懐っこい笑顔で紙コップを合わせる。カチン、と楽しそうに言った。
　二人は紙コップの縁に口を寄せる。競うようにして飲み干した。
　あおいは幸せそうな顔で大きな溜息を吐いた。
　亮は空になった紙コップの底に目を注ぐ。
「こんなに美味いとは思わなかった」
「甘くてジュースみたい」
　亮に笑い掛ける。その笑顔に静かに言った。
「七夜には感謝している」
「私、何か感謝されるようなことをした？」
「七夜がボールをキャッチして俺を守ってくれた。おかげで攻撃に専念できた。ありがとう」
　軽く頭を下げる亮にあおいは照れ笑いで返した。
「おおげさだよ。それにキャッチだけでは勝てないよ」
「まあ、そうだな。でも、助かったのは確かだ、相棒」
「相棒って私のこと？」
「女子に相棒は少しヘンかな」
　あおいはツインテールを左右に振った。
「良い攻撃だったよ、相棒」
　二人は握手を交わした。亮は驚いたように目を見開く。
「意外と手は小さいんだな」
「本気で握るよ」
「それは勘弁して、おい」
　あおいは無邪気に笑っていた。

　亮は走りながら笑っていた。
「チーム戦、良いもんだな」
　自宅のある漁港へと向かう。朝陽に照らされた穏やかな海が見えてきた。眩い光の粒に目を細める。
　――互いの力を信じて認め合い、共に戦う。ドッジボールが、こんなに熱い球技とは思わなかった。
　自宅の一軒家が視界に入る。
「次にやれる機会が楽しみだ！」
　最後に全力の走りを見せた。

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