【球技大会】とびきり熱い空の下（後日談）｜リアクション

【球技大会】とびきり熱い空の下（後日談）

　ワンルームマンションの一室。家具らしい物はなく、簡易ベッドがぽつんと置かれていた。
　その上に朝鳥さゆるが毛布に包まって横たわる。下に敷かれたシーツには苦悩のような皺が寄り、長い夜を思わせた。手元には睡眠薬の箱が中身を出した状態で放置されていた。
　横向きの姿勢で瞼を開ける。目に付いた全てを無造作に手で払った。
「……眠れないわ」
　速やかに目を閉じる。数分で浅い息を吐いた。
　ベッドを拒絶するかのように上体を起こす。毛布が滑り落ちて艶やかな裸体を曝け出した。
　肉に飢えた餓狼で部屋の主、片篠藍人の姿はない。どこか寂しそうな足取りで浴室へと向かった。
　頭からシャワーを浴びる。ほとんど湯気は出ない。頭の奥底に潜んでいた眠気を冷たく追い払う。さっぱりとした表情となり、全身を手際よく洗った。
　その数分後、さゆるは玄関に立った。
　白いブラウスの上から水色のコートを羽織っている。青いデニムパンツは活動的に見えた。反面、黒いショートブーツは多少の夜を引き摺っていた。
　ドアを開けた。さゆるは横目で部屋を見る。
　目が冷たさを増した。部屋を出ていくことに躊躇った自身に向けられているようだった。
　少し乱暴にドアを閉める。施錠を済ませると足音を響かせて歩き出した。
　湿り気が残った髪を掻き上げる。もう一方の手でスマートフォンの画面を見詰めた。午前十一時三分と表示されていた。
　さゆるはレストランの前を素通りした。若い男性の興味本位の目を無視する。高い足音で目抜き通りを逸れた。少し足を速める。
　歩きながら深く息を吸い込んだ。彼方に青い海が広がる。海岸線の道を横断した。
「不思議なものね」
　行き先は決めていなかった。心の赴くままに足を動かして寝子ヶ浜海岸に辿り着いた。
　さゆるはショートブーツを脱いだ。指に引っ掛けた状態で砂浜を下りてゆく。
　気ままに歩いて足を止めた。数日前に開催されたビーチバレーの痕跡を見つけることはできなかった。
　――やる予定はなかったのに。押し付けられて参加はしたけど、あれが普通の女子高生の姿なのかしらね。
　ショートブーツを適当なところに置いた。
　ビーチバレーに必要な物は何もない。応援する観客もいない。仮想のボールを上げてさゆるは跳んだ。腕を振り抜いてアタックを決める。
　着地すると一点に目をやった。
　――試合の結果と同じよ。過去が変わることはないわ。
　置いていたショートブーツを手にして歩き始める。乾いた砂の感触を楽しむかのように素足でいた。
　波のある海へと顔を向けた。少し近づいて押し寄せる波に指を浸す。
「泳げそうにないわ」
　軽く手を振りながら歩を進める。変化する今を全身で感じた。
　――過去は変わらないけど、未来は違うわ。
　もし、あたしが普通の女子高生なら、今頃は次の大会に向けて練習に励んでいたのだろうか。
　薄ら笑いで軽く頭を振った。
「全然、似合わないわね」
　視線の先に貝殻が落ちていた。薄いピンクは桜の花弁を思わせる。摘まみ上げてじっくりと見たあと、海に向かって投げ込んだ。
「あたしが普通の女子高生になれる訳がないわ」
　軽い捨て台詞を残し、さゆるは海に背を向けた。

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