月下の雫｜リアクション

月下の雫

　フィーリクスは、美しい花々を前に頭を掻いた。
確かに、美しい。美しすぎて気後れするほどだ。
と、言うのも、フィーリクスはこういった、
繊細さを求められる作業にはいまいち自信が持てないのだ。
もともとが頑丈な自転車を修理するような器用さと、
はじめから儚く脆い花をそっと摘むような繊細さは、
フィーリクスの中では似て非なるものなのだった。
「しかし、まあ、うまい酒のためだからな……」
　覚悟を決めるように一つ短い溜息を吐いて、
フィーリクスはじっくり時間をかけて誠心誠意できるかぎり
花を摘んでガラス瓶に収めることに成功した。
ガラス瓶の中の花は、少しばかりくたびれた様子だが、
淡い光と爽やかな香りは少しも失われてはいなかった。

　理紗子は、花の群生地を静かに歩き回っていた。
間近で見た月虹花は、遠くから眺めていたときとは
また違う魅力があって、ついつい見惚れてしまう。
あるいは、この花の引力の強さこそが、
『月下の雫』の人気の高さの秘密なのかもしれない。
満月の下、美しく咲き誇る花を摘んでしまうのは
少しもったいないような気もするが、
かといってわざわざここまできて摘まずに帰るというわけにも行かない。
結局理紗子は、複数咲いている月虹花の中で一番大ぶりな一輪を選び、
その形をなるだけありのまま残して運べるように、
神経質ともいえるほどの丁寧さできちんとガラスの瓶のなかにしまい込んだ。
その後、カバンの中で瓶が動いてぶつかったり擦れたりしないように
瓶をカバン内側のベルトで丁寧に固定して、慎重に運ぶ手はずを整えた。
これにて、月虹花の採取は見事に完了したと言える。

　真優理は、丁寧に摘み取った花を
ガラスの瓶の中に収めることに成功した。
透明なガラスの瓶の中、ぼんやりと輝く月虹花は
まるで昔おとぎ話で読んだ魔法のランタンや
妖精の空飛ぶ粉を思い起こさせるような
幻想的な魅力に満ちており、
真優理は思わず本来の用途のことも忘れるほどに
その花の輝きに見惚れてしまう。
それほどまでに、夜空の下で輝く月虹花は美しかったのだ。
一緒に来た仲間たちに、そろそろ帰りますよ、と声をかけられて、
真優理はようやくガラスの瓶の中身から目を離すことができたのだった。