月下の雫｜リアクション

月下の雫

「これが、月虹花……！　綺麗……」
　夏朝は、目の前で揺れる月虹花の輝きに感嘆の声を漏らした。
月の光を受け、月に向かって花開く月虹花は、
まるで月と語り合っているようにも見える。
あまりの美しさに、夏朝は思わずNyaphoneを構えた。
が、しかし。
（フラッシュONで撮影したら、花が痛んじゃったりしないかな？）
　夜にしか咲かない月虹花は、満月以上にまばゆい光を知らない花だ。
一瞬とはいえ、昼の光よりも明るいフラッシュを浴びた際の
花の生態への影響は未知数だった。
もしも、一輪だけではなく、このあたり一帯の花に万が一のことがあっては
それこそ来年以降の『月下の雫』の存続にも関わるだろう。
夏朝は考えた末にフラッシュをオフにして一度だけ撮影すると、
撮影した一輪を採取することにした。
慌てないように、慎重に、と自分に言い聞かせながら、
そっと摘み取った瞬間、花は気品ある清廉な香りを漂わせ始める。
おそらく、この香りが『月下の雫』に芳醇な味わいをもたらすのだろう。
優しく丁寧にガラス瓶の中に花を収めると、夏朝は即座にふたを閉め、
月虹花の香りごと閉じ込め、見事採取に成功した。

　修は、ひとり花の群生地を眺めながら茶を啜っていた。
幻想的な光景と、家から持ち込んだ熱い茶が心も体も温めてくれる。
開かれた黄色い花弁は、月の光を請うようにその顔を一心に夜空に傾けていた。
まるでとある大陸の詩の一場面のようだと思い立ち、
そっとその一節を諳んじる。
花の咲き乱れる地で、男と男の影、それかた夜空に浮かぶ月が
三人で酒を酌み交わす詩だ。
今、盃を満たすのは酒ではなく特製の生姜茶で、
修は酒に酔うどころか未成年でさえあるのだが、
修と修自身の影、それから満月を相手に心を満たす雲漢の交わりは
皆が帰り支度を始めるまで続いたのだった。

　美咲紀は、花そのものはもちろんのこと、その生育環境にも興味津々だった。
ガーデナーとして手ずから花を育てる美咲紀は、
寝子島の外には存在すらほとんど知られていないこの花のことが
知りたくてたまらなかったのだ。
「綺麗なのです、素晴らしいです」
　まずはそう言って、咲いている花を褒めるところから始めるのは、
美咲紀の美学によるものだ。
褒められて気分がいいのは人も植物も同じだと考え、
花や植物にも人に接するように丁寧に接している。
それから、花に一言断って、
周囲の様子をデジカメに収めながらチェックし始めた。
月に向かって花開く、その佇まいの写真はもちろん、
茎や葉、周囲の様子や花の開き具合もつぶさに観察し、
気温や湿度、天気や風向きもチェックしていく。
「はぁ……実物はやっぱりイイですねぇ」
写真が綺麗に撮れていることは確認したが、
やはり肉眼で確認した実物の美しさには到底かなわない。
一通り調べ終えれば、後は花が昼間はどんな様子でいるのかも確認が必要だ。
「また今度、確認に来るです。今は、一輪だけ、お花を摘ませてくださいな」
　そう微笑みかけて、美咲紀は優しく摘んだ一輪を、
そっとガラスの瓶に収めることに成功した。