月下の雫｜リアクション

月下の雫

　夏朝は、『月花の雫』を一口飲んでちいさく、美味しい、と呟いた。
さわやかな香りで飲みやすいので、
うっかりすると一気に飲んでしまいそうなほどに美味しいそれを
大事に大事に少しずつ少しずつ味わい、堪能する。
遠くの方では酔った誰かがあげる笑い声や、
誰かの膝や肩を借りて眠り込む人の姿も見える。
お酒も美味しいと思うけど、酔いすぎないようにね、と胸の内でつぶやいて
またひとくちジュースを飲んだ。
「……ジュースの場合も月虹花を沈めるのかな？」
「ああ、沈めるらしいぞ」
　お酒の場合は花を沈めるというのは聞いたが、
ジュースの製造方法までは聞かなかったと思い出して呟いた夏朝の疑問に、
ふらりと現れたフィーリクスが答えた。
「……フィーリクスさん」
「酒はいい。背負った重たい荷物を、
一時だけ置いておくことができるようになる魔法の薬だ」
「重たい、荷物」
　反芻するように呟いた夏朝に、まだ夏朝ちゃんにはちょっと早かったか、と
フィーリクスは悪びれもせず笑った。
「ま、要はあれだ、こういう心穏やかな時間も、
たまには必要だよな、ってことだ」
　フィーリクスはそれだけ言うと、
後は何も語らず手酌でちびちびと『月下の雫』を飲んでいる。
大事そうに一口ずつ、少しずつ飲むその姿を見て、
なんとなく夏朝にもフィーリクスの言いたいことがわかる気がした。
「来年も……」
「うん？」
　小さく呟いた夏朝の言葉に、フィーリクスは耳を傾けた。
「今年も、来年も、その先もずっと、
月下の雫も月虹花も、素敵であり続けますように、ってことかな」
　そう言って、夏朝も手にした『月花の雫』をちびりと飲んだ。
そんな夏朝の姿を見て、フィーリクスは満足げに笑った。
「ああ、悪くねえな」

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