Good Day！！～『somnium』～｜リアクション

Good Day！！～『somnium』～

　まるでヤドリギを見つけたような心地がした。或いは、暖かな安寧の溢れる場所。
　何故そう感じたのかは解らないまま、志鷹若菜はそのガラス扉の前でしばし、逡巡する。手を伸ばし、躊躇って。降ろした手をまた伸ばして。
　幾度かそれを繰り返したのち、思い切ってからん、とガラス扉を押し開けた彼女に向けられた、老夫婦の優しい眼差しにほっ、と若菜は安堵した。――間違ってなかったと、根拠なく思う。
　散歩の途中、何かに導かれたように見つけたこのお店で。覗いた店内に居たこの老夫婦に、ここなら身も心も安心出来るのではと――そう思って居たから。
　ほっと立ち尽くした若菜に、いらっしゃい、と老婦人が優しく微笑みかけた。ああ、何だかこの老婦人の優しい雰囲気や言葉遣いは少し、母に似ている。

「ゆっくりして行ってくださいね。何か召し上がっていかれるかしら」
「あ……はい」
「そう。それじゃあ、こちらでお好きなケーキと、もし良ければお飲み物も選んで頂戴ね。席は、どこでもお好きなところに座ってくだすっていいのよ」

　柔らかに響く老婦人、伊都子さんの言葉に静かに頷いて、若菜はショーケースの中を覗き込んだ。その中に並ぶ、エディブルフラワーで飾られたケーキに目を引かれ、それと紅茶をお願いする。
　席は、暖かな木漏れ日が降り注ぐ窓際を選んだ。――まるで両親の温もりのような。　
　心に染み渡るような温もりを感じながら、若菜はそっ、とケーキを口にした。――美味しいと、思う。

「とても美味しいです。……素敵なお店ですね」

　だからふわりと微笑んでそう告げた、若菜に伊都子さんが嬉しそうに礼を言う。聞けばこのお店は老夫婦が、夫の高明さんの定年退職後に好きな事をやってみたいと始めたのだとか。
　そんな話を聞きながら頂くケーキは、なぜだか、他のどんなケーキよりも優しく感じられた。若菜の心に巣食う空虚な思いを包み込み、そぅっと満たされて行くような、そんな味。
　訥々と、他愛のない話をしながら美味しいケーキに満たされて、若菜はほんの少し人心地ついた気持ちでそっと立ち上がった。奥には伊都子さんの手がけた雑貨もあると言う――それを見てみようと思ったのだ。
　伊都子さんと、それから高明さんが気に入ったものだけを並べてある卯という雑貨は、どれも素敵な雰囲気を醸していた。こういうものにもやはり、人柄は出るのだろうか。
　せっかくだから何か買って行きたいと、迷った末に若菜は伊都子さんお手製だと言う、金色の横顔の三日月の飾りがついた、金属製の栞を手に取った。1つではなく、2つ――お揃いのそれを、自分用と、それから双子の弟への贈り物用に。

「頂けますか？」
「ええ、もちろん。若菜さんの弟さんに差し上げるの？　双子なのだったら、似てらっしゃるのかしら」

　きっと美人さんね、とクスクス笑って包んでくれた伊都子さんに若菜も、どうでしょうか、とくすりと笑った。――もしかしたら久しぶりに笑ったかもしれない。
　栞とは別に弟妹へのお土産に焼き菓子も見繕って、まとめてお会計をした。試食も進められたけれど、きっと、食べなくてもあのケーキのように優しい味だと確信する。
　丁寧に包んでくれた、お土産の入った紙袋を受け取って、若菜はそっと老夫婦に頭を下げた。

「高明さん。伊都子さん。今日は優しい時間をありがとう……寂しくなったら、また来ても良いでしょうか」
「あら、ええ、もちろん。いつでもいらして下すったら嬉しいわ」

　若菜の言葉に、それこそ母を思わせる柔らかな風情で、伊都子さんが本当に嬉しそうに微笑んだ。それになんだか泣きそうな安堵を覚えて、若菜は小さく、はい、と頷いたのだった。