つつもすすはらいて｜リアクション

つつもすすはらいて

　ろっこんが関わっている事象の調査、および情報収集。それが刻人・F・ミセリアの『仕事』だった。表向きは島の郷土史を研究する大学生として振舞う刻人は、集めた関連資料を読みふけっていた。
「島の大きさの割には神社が多いよね。いちばん大きなのは寝子島神社と……」
絵図と写真が並べられたページのひとつを、とんとんと人差し指で叩く。
「落神神社だ。この島に根付く伝説の名を冠した神社なのに、寝子島神社との差はどこでついたんだろう」
頬杖をつき、考える。
（管理の行き届いていない古い神社……迷える魂、悪意の集まりそうな場所だね）
それならば、『あれ』にも納得が行く。刻人はちらりと九夜山を見た。本をぱたりと閉じ、外へ出る。その足の向く先は落神神社ではなく、寝子島神社だった。学生らしく、用のない教科書やファイルを手にして、社務所に顔を出しにこやかに語りかける。
「すみません。木天蓼大学社会学部の者なんですが……」
こぎれいな身なりと穏やかな物腰は、神社の職員を信じ込ませるに十分なものだった。寝子島の郷土史について調べていること、その中で、神社の果たした役割について聞きたいことが出てきたこと。刻人は言葉を選んで巧みに自分の目的に近づいて行く。
「悪霊や、人に害なすもの。……そういったものを祓う道具なんかはあるんですか？」
「なんだか今日はそう言う話が多いですね。女子高校生も同じことを尋ねて早くにここに来ましたよ」
職員の答えにわずかに刻人の目の色が変わる。
「ふうん。高校生がですか？」
「はい。その子たちにも話したのですが。祓うのは、追い払うのとは違います。供養するという気持ちが近いですね」
「供養ですか……」
「長い間ありがとう、という気持ちです。役に立ってくれた物をぽいと捨てるにはあまりに忍びない」
社務所の者との会話から、刻人は『すす払い』という行事について聞く。通例新年を迎える前に行われる大掃除と同義とみなされているが、古くなった道具が捨てられたことで人を恨み、『つくもがみ』になって荒ぶることのないよう、物に宿っているかもしれない『魂』を鎮める儀式がその本質なのだと職員は話した。
「なるほど。興味深いです。僕、留学生で日本のことにはまだまだ疎いものですから」
では、その儀式に使われる道具があったら、見せてもらえないか。刻人はそう切り出した。
「でしたらこれをどうぞ。少しかさばりますが、古い竹を切り出したものなのでご遠慮なく。忌竹といって、すす払いのときに高いところを払う道具です。同じ名前のものは新しく建物を作る前に行う、地鎮祭でも用いられます」
職員が持ち出してきた忌竹を見て、刻人はこれだ、と確信した。三、四メートルはある長い竹。
「あの、ごめんください。その、竹……」
刻人が振り向くと、寝子高の制服姿の女生徒が立っていた。図書館で御剣刀と別れてこの神社へ足を運んだ、綾辻綾花である。
「うん？　君もこの竹がほしいの？」
「は、はい！　お願いします。どうしても必要なんです」
悲痛な綾花の表情に、刻人はそっと近づく。そして、声を潜めて綾花に聞いた。
「何に使うか教えてもらえるかな。ひょっとして不思議なこと、と関係あるかい？」
「そうなんです！　お願いします。私の親友が、落神神社の妖怪につかまって……！」
刻人はにっこりと笑い、うなずく。
（これで僕の必要なもの、すべてそろったよ。物に、情報……。順調この上ないね）
「わかったよ。それじゃこれは僕が神社に運ぼう。一緒に行こうか」
「えっ!?　いいんですか、本当に？」
「もちろんさ。放っておけないし、女の子に重いものは持たせられないよ」
刻人は職員に丁寧に礼を告げると、綾花を伴って落神神社に向かった。