つつもすすはらいて｜リアクション

つつもすすはらいて

　通学途中に見えた、とてつもなく大きな黒い塊。
「嫌な予感しかしないが……」
と顔をしかめつつも、橘勇もまた怪異の生じた現場である落神神社に来た。そうして目にしたのは、うねうねと動く黒髪の妖怪。さらにたちの悪いことに、妖怪は髪を鋭く尖らせて人間を狙い、また一部の者を捕らえて操っていた。
「ろっこん関係のトラブル……いや、別な種類のものか？」
最前線で黒髪の妖怪と戦うのは女性のようだ。傷ついている、孤軍奮闘させるわけにはいかない。勇は腹に力を込め、戦場へと飛び出す。
「おい！　つつもは俺様に任せとけ！」
飛び出した勇に、犬神花梨は不満の声をあげる。勇は速度を緩めず、花梨の横を過ぎまっすぐ敵に向かって駆けた。反応して、つつもと呼ばれた妖怪は黒髪を一筋差し向ける。髪は空中できりきりと針のように尖り、勇の腹を狙った。
「あっちゃー。知らねェからな……」
花梨は少年が無慈悲に貫かれる様子を想像するが、それが現実のものとなることはなかった。鋼鉄が打たれるような、がいん、という音を立てて、黒髪は勇の腹で止まっていた。
「ふうん。こいつ、つつもって言うのか」
「へ～ぇ。お前、やるじゃん」
ろっこん『硬化』の力で真っ向から妖怪の突きを受け止め、不敵に笑う勇に花梨もにやりと笑い返し、いまだ出血の止まらぬ腕をぺろりと舐めた。
（やべェな。腕、痺れて来ちまった）
と思うが、その様子を悟らせまいとする。まだ花梨には得意の暗器と武術の技、そして抜群のフットワークが残されていた。
思いがけない能力者に自らの攻撃をあっさりと防がれ、つつもは片眉を上げた。瞳にぎらぎらとした怒りが宿る。
「……こざかしい」
言うや三つの毛束が刃となって勇を襲う。黒髪が勇に叩きつけられるたびに、制服のシャツの切れ端がちぎれ飛び、襟下を残すのみの残骸と化した。しかし、勇の肉体そのものは、硬化の力で傷ひとつついていない。
「おのれ！　おのれ！」
怒りに我を忘れたのか、つつもはその攻撃のすべてを勇に差し向けた。持ち前の運動神経で二発はかわし、避けきれなかった一撃を体で受ける。傷つきこそしないが、相当の速度と硬度を以って叩き込まれる攻撃は相当に重く、勇はつつもの髪に押されて大きく後退した。
「俺が受け止めているうちにやってくれ！」
「言われねぇでもやってやるぜ！」
勇の声と同時に、花梨は飛び出す。

　七夜あおいの攻撃は神無月ひふみがしのぎ、つつもの髪は橘勇が受け止め、犬神花梨が斬り落とし、引きちぎり続けていた。晴海飛鳥は後方から声のブロックを飛ばし援護を続けている。いち早く櫛の呪縛から救われた雨寺凛は安全な場所で眠っている。互いの能力は拮抗しているかに見えた。
「あん？　誰だありゃ！」
花梨が指し示す先には、逆巻天野が立っている。操られながらも、戦いに参加する様子はなく、誰もが注意を払うことのなかった者が。天野はつつものそばに歩み寄り、付き従うようにその横でぴたりと立ち止まると、花梨をじっと見つめた。
「だめだ！　陣を壊して！」
真相に気づいた飛鳥の声は遅かった。天野の足元から、赤い光が立ち上る。彼が普段描く魔法陣とは意匠や色彩がずいぶんと異なっているのだが、それはこの場にいる誰も知らぬことだった。また知ったとして何の役に立っただろう。天野が時間をかけて完成させた行動反転陣『裏切りテリトリー』が、戦場すべてを包み込み輝く。
「てめェ、おかしなことしやがって……!?」
花梨の肘うちは、天野ではなく近くの勇に放たれていた。瞬間的に『硬化』で勇はこれを防ぐ。
「何をするんだ！」
その勇にはまたもやつつもの髪が飛んで来ていた。
「ぐうっ！」
「あ……あ！　やだ！やだ、止めて！」
あおいを相手していたひふみが、勇の肩に強烈な正拳突きを放っていた。『硬化』されていない箇所にまともに空手の打撃を受けて、勇はうめく。
「ふん。引き入れて正解だったか……得体は知れぬが、このような術を使いこなすとは」
敵への行動を同士討ちに変える『裏切りテリトリー』の力で、形勢は一気に逆転する。つつもは満足げな目で、陣を起動する鍵として操られる天野の姿を見やった。