つつもすすはらいて｜リアクション

つつもすすはらいて

　これはかわせない、と楪櫻は覚悟した。人ならぬ技を使う相手とは言え、このように遅れを取るとは自分の力不足なのだろう。それでもあきらめたくなくて、正面の一本は弾いた。だがもう一本は櫻のわき腹をえぐる軌道を描いている。
　突然の衝撃に吹き飛ばされた。気づけばクラスメイトの志波武道が覆いかぶさっていた。自分を守ってくれたのだ、と気づく。だが礼を言う暇もなかった。彼の背後に迫る妖異の娘つつも。黒髪が武道を引き剥がす。先ほどまで操っていた七夜あおいを、要らぬ玩具のように放り投げる。そしてつつもの櫛が武道の髪に挿しこまれ……櫻の目の前で、新たな操り人形が生まれ出でた。この剣呑な視線を送る男は、彼女の知る志波武道ではない。
「……志波」
櫻は少しの間だけ、目を閉じる。そして開いたときに、その瞳に迷いはなかった。
「来い。私が相手だ」
少しでも武道としての意志は残されているのだろうか？　それは櫻には分からなかったが、武道は挑戦を受けて立つ印に、構えを取って彼女の前に立ちはだかった。間違いなく、櫻の剣を持つ腕を封じに来るのだろう。
（私が、君の目を覚まさせてみせる！）
櫻は、模造刀を投げ捨てた。
親しい知人である武道を、安易に傷つけることは絶対にしない。それが櫻の覚悟であった。武道は水泳で鍛えた腕の力に任せ、櫻につかみかかる。櫻も抜刀術で相当に鍛錬をしてはいるが、つかみ合いになると力では敵わず、地に引き倒された。死に物狂いで腕を振りほどき、転がって逃れる。
「志波！　そんな姿はお前らしくないぞ」
素手での戦いは不得手だが、櫻は必死で戦った。型も何もあったものではない。殴り、つかみ合い、押しあいながら櫻は呼びかけ続けた。
「志波！　いい加減元に戻れ！」

「よし、やろうミユ。俺たちも参戦だ」
　神社についてからの八神修は冷静さを取り戻しているように見えた。
「ああ。全力で臨む」
霧生深雪の言葉を合図に、修は手近な岩に手をかけ、その表情を険しくした。突いても斬ってもいないのに、石はざくりと層の境目から割れ、大きな音を立てた。修のろっこん『分解』が石の目に沿って岩を割る破壊音。それが深雪のろっこんの力を高めていく。修が次々と近くの岩に手を触れて割る音は、さらなる『破壊の旋律』への伴奏となった。
ろっこんの力によって、美を奏でるピアニストは破壊の化身へと変貌を遂げる。友を助け、その想い人を守り、人にあだなす妖怪を討ち滅ぼす。すべては愛すべき『フツウ』を取り戻すための行動であるゆえに。ろっこんの力は彼らに味方し、最大限の効果を生み出した。深雪はバットを手にした弾丸となって敵地に飛び込む。黒髪の渦の中で、灰色の髪が超人的な速さで不思議な軌跡を描いた。
　その深雪の行く手をふさぐように女生徒が立つ。壊れた物に働きかける力を憎まれ、操られてしまった弘明寺能美子だった。
（ちくしょう！　いちばんヤバイのが来ちまったぜ……）
能美子の肉体は普通の人間のものと変わりない。今の深雪が下手に攻撃しては、取り返しのつかないことになってしまう。バットで殴るなどもってのほかだ。
「なら、こうするしかねぇか……！」
速さを生かして背後に回りこみ、ポケットから取り出したスタンガンを背中に当てる。電撃の走るあまり気持ちのよくない音がして、能美子はがくりとひざをついた。深雪はすばやく頭の櫛を抜き放り投げる。
「悪ぃ。助けは後ろの連中が……なんだって？」
意識を半ば失いながら能美子は懸命に伝えようとしていた。
「わ、私を……あの人形の元に……」
うめく能美子はとても起こして連れて行けるような状態ではない。
「片付いたら必ず連れてく。ちょっと待ってろ」
その言葉に安心したのか、能美子はくたりと気を失った。