つつもすすはらいて｜リアクション

つつもすすはらいて

「危ないですぅ！」
背にいくつもの刃が突き立つのを添木牡丹はイメージした。だがその瞬間は訪れず、代わりに巨大な手のような形を結んだ黒髪の固まりに、頭全体をむんずとつかまれていた。そのまま乱暴に引き剥がされる。
「あ、あ……う……」
「おい、お前！」
（バカ！　俺様一人ならよけられたのに！）
犬神花梨は歯噛みする。
「助けだと？　癒し手だと？　二度とそんなつまらないこと、考えられないようにしてやろう」
頭をつかまれたまま、後ろに引き倒される。牡丹が見たのは、残酷なまなざしで見下ろすつつもの白い顔。
「何も言えず、何も考えられぬ、私の傀儡となるがよい」
その言葉とともに、牡丹の黒髪に鮮やかな赤い櫛が挿さる。
「あ……ごめんなさい、逃げ……て……」
牡丹の瞳はもやがかかり、そして何も映さない虚ろの窓に成り果て……たかに見えた。

　瞳に再び光が宿る。しかしそれは牡丹の柔和なものとは違っていた。跳ね起き、たたた、と花梨に駆け寄ると、両腕に包帯を巻きつけた。牡丹が引き受けたはずの二つの傷が、花梨に移る。
「がっ……お前!?」
いきなり刻まれた二つの傷の痛みに、さすがの花梨もうめき声を上げた。
「ゴメェン★　これ、やっぱりいらないから返すわ」
おどけたような、人を食ったような口調。牡丹のものではなかった。
「何奴!?　お前の心は私の櫛が封じているはず！」
つつももまた驚愕の表情を浮かべていた。
（キャハ★　あんたが封じたのは『牡丹』でしょお？　呼ばれて操られに来ちゃいました、『のばら』ちゃんDEATH！）
牡丹が強制的に眠らされたことで、彼女の中のもうひとつの人格、『のばら』が表に出る。のばらは事の顛末を、すべて見て理解していた。その結果彼女が選んだのは――敵としてつつも討伐に来た者たちと戦うことであった。
「あ～ん♪　私、本当はこんなことしたくないのですけど、今はつつも様に操られてしまって……！」
ごうという音を立てて重い一撃が加えられる。花梨は間一髪でそれをかわした。
「なっ、あれは……添木くん!?」
戦場に戻ったなぎさが見たのは、操り人形と『化した』同じ保険委員の牡丹だった。
「ああ！　体の自由が利きませんわ！　殺しちゃったらごめんなさぁい、キャハハ♪」
次々と得意の拳法技を繰り出し、容赦なくもれいびたちを襲い始めた。その姿を見て、つつもは合点がいったというように含み笑う。
「なるほど。深い闇にすでに心を堕としている娘か。おもしろい。好きにするがいい」
「はぁい★　行って参りまぁす、つつも様！」
あくまで操られている振りを貫いて、のばらはしたい放題に暴れ始める。
「……というわけで、豚のような悲鳴を聞かせてちょうだい、駄犬の皆様♪」

「あなたは今までどおりの戦いをして。添木くんは……ぼくが！」
覚悟を胸に秘めて、音海なぎさは牡丹に向かい合った。
「なぁに言ってんのぉ？　あんたじゃ私にかなうわけないでしょ」
『のばら』は、低く冷たく、さげすんだようになぎさに言葉を吐きかけた。
「ぼくだってやれる！　傷ついた人の治療もするし、仲間のためなら囮にだってなるよ！」
なぎさはごめん、と小さくつぶやいて牡丹＝のばらにパンチを撃つ。小柄な自分の力なら、のばらをひるませる程度で済むだろうと思ったからだ。だが、無自覚の発動を遂げたろっこん『オーバーヒーリング』の力で、なぎさの拳はいい音を立ててのばらのみぞおちにめり込む。
「うっふ……案外痛いじゃない。これはお仕置きが必要ねぇ」
のばらの雷光のような反撃の突き。とっさになぎさはこれを受け止める。だがその瞬間、のばらはなぎさの懐に飛び込んでいた。内臓が裏返ってしまいそうなほどの強烈な肘うち。猛虎硬爬山をまともに受けて、なぎさは声もなく吹き飛ばされる。