つつもすすはらいて｜リアクション

つつもすすはらいて

「おのれ、おのれ、人間どもめ。群れて強いとうそぶく気か」
「落ち着け！　どうしてそんなに暴れるんだ！」
風雲児轟の問いにつつもは答えず、真っ黒な瞳で敵対する者たちをねめつけた。ふと、静かに垂れていただけのつつもの両脇の髪が、すっと高く高く、持ち上がる。鞭のようにしなったかと思うと、それはものすごい勢いで地面に突き刺さった。地を貫いた黒髪の槍を足にして、つつもは空中に舞い上がる。
「いったい、何なの……」
見上げる尾鎌蛇那伊の言葉はそこで途切れた。絹のような黒髪がふわりと舞う。人形のように美しい少女が、目の前に舞い降りていた。支えになっていた黒髪はしゅるりとつつもの元に戻り、触手となって塗りの櫛を一つ抜き取る。
「お前はとても強そうね。……戦うべき相手を、私が選んでやろう」
「なっ……」
つつもの髪が一瞬で蛇那伊を縛り上げる。駆け寄ろうとする轟の足元には、自由なもうひと束の髪が打ち込まれた。間一髪で飛びのいた轟が見上げると、つつもは蛇那伊の短髪に器用に櫛を埋め込んだところだった。赤い唇から、くくく、とあざ笑う声が漏れる。
「私の駒がひとつ増えた。思う存分力比べをするがよい」
にたりと笑うその顔は、まさしく魔障。
「次は、誰にしよう？」

「まずいよ……どうしよう!?」
時間を稼ぐどころか、味方を一人取られてしまった。海神湊面は呆然と立ちすくむ。それでも轟はあきらめていなかった。ちらりと湊面を振り向き、叫ぶ。
「10秒だったな！　待ってろよ！」
それから操り人形と化した蛇那伊に向き直った。
「悪ぃ。痛い思いさせるかもしれねえが、必ずもとに戻してやるからな！」

「彼らには悪いけど、攻撃が集中してる今がチャンスかな」
　いつの間にか、その場には久坂日和がやって来ていた。眠そうな緑色の瞳で、勇に躍起になって攻撃を加えている荒ぶる少女の妖怪を見る。
「つつも、だっけ？　すごい髪だなぁ」
目の前で非日常の極みとも言うべき激戦が繰り広げられていると言うのに、日和はのんきないつもの調子を崩さない。
「どこかの怪談の人形みたいだね、夢見が悪くなりそうな姿だ」
それとも、今目にしている事態こそが、怪談なのだろうか？　そう考えると、日和の気まぐれな心は少しこの現実をおもしろく思った。毛束のお化け――それが日和の第一印象だった――の元には、何人かの少年少女が集っている。躊躇なくろっこんを人間相手に振るうその様子から、つつもに操られているのだと予想できた。
「やっつけちゃえばいいんだよ、ね？」
意外にも日和は前に出る。中心に立つ災禍の源、つつもを目指して走り出した。それを危なっかしい体さばきでかわす。
「ほら妖怪、的が増えるよ。かかっておいでよ！」
その言葉通り、つつもは日和に攻撃対象を変える。花梨、氷華、そして轟。彼らと比べて、攻撃向きには見えない日和を露骨に狙った。
「危ないぞ。下がれ！」
「望み通りにしてやろう。弱い者でも人間である限り、容赦はしない」

　音海なぎさは全速力で駆けた。行く先は落神神社。もうすでに、何人かの寝子高生が向かっているようだった。おそらく、力を持つ大人たちも来ているかもしれない。
（なんで、なんで気づかなかったんだろう!?　落神神社にはボクは何度も来ているのに！）
異変に気づけなかった自分が悔しい。なぎさは落神神社に願をかけて、百度参りをしているところだったのだ。少し傷んではいるけれど、落ち着く場所だと思っていた。名の通り、神の宿る場所だと。
「ボクは神社には何もしてこなかった……。それがいけなかったのかな？」
年末になっても、きっとあの神社は誰もすす払いをしてこなかっただろう。人気もなく、管理するものすらはっきりしていないのだから。あれこれ考えているうちに、なぎさはなじみ深い神社にたどり着いていた。