つつもすすはらいて｜リアクション

つつもすすはらいて

　山の大きな影と、朝から姿が見えない七夜あおい。彼女が学校を無断でサボるなんてありえない。風雲児轟は迷わず山中の神社を目指した。途中で道をそれて森に入り、声高く叫ぶ。
「戦衣着装！」
ろっこんの力によって、轟の身につけていた衣服はたちまちヒーローの衣装に変化する。頭部は素顔の決して見えないマスクに覆われ、瞬時にして轟はオリジナルヒーロー『ザ・ストレイト』に変身した。轟、いや、ザ・ストレイトはその名のごとくまっすぐに、悪の巣食う場となった神社の境内に飛び込んだ。
「やい！　妖怪！　俺はザ・ストレイト！　これ以上、お前の好きにはさせない！」
ヒーローにふさわしい、闘志を現すポーズを決めながら轟は名乗りを上げる。呼ばれたつつもはゆるりと首を動かして、轟を見やった。
「なんと面妖なやつが増えたわ。わざわざ私に倒されに来たのか」
「うるさい！　妖怪に言われたくねえ！　七夜を返してもらうぞ！」
地面を大きく蹴って、轟は飛び出し、前衛陣の戦列に加わった。速度に優れた轟は回避に専念し、最高の防御力を持つ橘勇はここぞと言うときの攻撃を体で受け止める。固い物質同士がぶつかって生まれるつつものわずかな硬直を逃さず、尾鎌蛇那伊と犬神花梨が拳と武器を存分に振るった。さらに氷華・クルバトフは攻撃手であると同時に、氷結の力で防御の役割も果たす。次々と引きちぎられた髪が空に飛ぶが、すぐにまた新しい髪が生えてくる。また本体に攻撃を加えようと思っても、つつもは黒髪の塊を盾のようにして防ぎ、もれいびたちを押し戻してしまうのだった。
「ふんばれ！　こっちの方が数が多い！」
「いつまでも防ぎきれると思うなよ！」
もれいびたちは叫びと激励を交わしあい、異形と戦う。

「すごい髪だね……こんな時期に暑そう」
　海神湊面もこの異様なる戦場に来て、ぽかんと境内を覆いつくさんばかりに伸びる、つつもの黒髪の束を見つめていた。髪が近くに迫るのを見て、慌てて距離を取る。湊面の近くに来た髪は、向きを変えて戦う同級生たちの方へと伸びていった。髪一本一本が、意志をもった触手のように自由自在。そして当たった途端に鋭利な刃物のように変わって行くのを観察する。
「……予想以上に動いてる、ね。これじゃ危なくて近づけない」
つつもと戦う面々は腕に覚えのある者たちばかりのようではあったが、それでも奔放に宙を飛ぶ黒髪に苦戦しているようだった。無事に髪の攻撃を避けられても、操られているらしい者たちの追撃が彼らを追う。あれの動きを止めれば……髪は無理だとしても、櫛を狙えば、勝てるかもしれない。
（……役に、立てるかな？）
少女妖怪の怒りを受けて、縦横無尽に舞う髪を対象に。湊面は10秒の集中に入ろうとする。氷の華をこの薄暗いステージに咲かせるために、ひたすら精神を研ぎ澄ます。
だが、最初の集中はそばの木に、黒髪の槍がどかんとぶち当たる音でたやすく途切れてしまった。粉のように細かく散った木の皮が湊面の頬にぱらぱらと当たる。
「あぶなっ。もうちょっと場所を移動しないと……」
次の集中は、蛇那伊の気合充填の雄たけびにかき消された。これだけの敵が相手なのだから、叫ぶなと言えるはずもない。
「だめだ、コレ。ウチひとりじゃうまく集中できない」
今は非常時だ。非常時なのだ。湊面は自分を納得させ、こんなときですら面倒くさがるマイペースな心を叱咤する。
「こういうのニガテなんだけど、協力、するしかない、よね……」
湊面は髪の猛攻を避け、ひらりと後退した風雲児轟に駆け寄る。
「ねえ、ごめん。うち、敵の動きを止められる……と思う。十秒だけ……時間を稼いでもらえるとうれしい」
「何だって!?」
「集中の時間が必要なの。よろしく」
「わかんねえがよしわかった！　きちんと決めてくれよ！」
轟＝ザ・ストレイトは大きくうなずくと、再び黒髪の奔流の最中に身を躍らせた。
「どこのヒーローさんかしら？　見たことある気もするけど……助太刀するわ！」
轟に並んで飛び出したのは、先ほど叫びを上げていた蛇那伊だ。高校生ながら格闘家もかくやという見事な筋肉を作り上げている。蛇那伊は感覚を研ぎ澄ます。目標物だけに注視するのではなく、戦場全体を把握する。対し轟は狙い過たぬ矢となって、つつもの懐へと飛び込む。二人の駆け抜けた後の大地には、幾筋もの黒髪が突き立ち、荒々しい音を立てた。
「素手で迎撃するのはやめとけ。腕が折れちまうぞ！」
「分かってるわ、ヒーローさん！」
瞬間、ひときわ太い髪束が、蛇那伊と轟を襲う。二人は絶妙のタイミングで左右に分かれて飛んだ。

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