つつもすすはらいて｜リアクション

つつもすすはらいて

（さて。出るなら今がよいでしょうかね）
　木立から突如現れた女生徒の陰。エレノア・エインズワースは荒ぶるつつもによく響く声で語りかけた。
「しかめ面なんてよくないですよ、つつもさん。だって……」
エレノアはわざとらしく、くすりと笑ってみせる。なんとも大胆な挑発だ。狙い通りにつつもの目が険しくなる。
「人を殺す時は、もっと楽しそうにやるべきですからね。あははは！」
貴族めいた上品で皮肉の効いたくすくす笑いは、高笑いに。その笑う顔目掛けて鋭い毛束が飛んでくるが、エレノアはさっと木々の陰に身を隠した。うがたれた木の幹は木屑を飛び散らせる。
「どこだ。逃がさぬぞ」
エレノアの姿を探して、ぞわりぞわりと髪が森に向かって這っていく。

　身を潜めるエレノアの元に、木々の陰を縫って、年上の女性が近づいて来た。美しい銀髪に青い目。背が高く、引き締まった肉体をしている。自分とは違った武術の心得が、それも相当の技量があるのだろうとエレノアは判断した。女性――氷華・クルバトフはエレノアに問う。
「ここで何が起きている」
「殺したいほど人間が憎くてたまらない妖怪が暴れているんです」
「……それはつまり、人間を憎まずにいられないほどの仕打ちを受けたということだな」
「かもしれませんね。私たちと変わらない姿をしています。かりそめのものかもしれませんが」
言ってエレノアは境内を指した。氷華は戦場を伺う。少女の姿。和服を着ている。見れば少女は神社の本殿前からほとんど動かず、身の丈をはるかに超える黒髪だけが生き物のように激しく動き回って攻撃を仕掛けているのだった。さらに氷華は、一人の少女が妖怪の傍らに立ち、恐るべき力を発揮しているのを見た。
「あの少女は何者だ」
「七夜さんですね。私、エレノアと同学年の女生徒です。何人かは彼女のように、妖怪に操られているようです。妖怪は『つつも』と名乗っているとか」
ほかにつつもの味方となって動くのは怪音を発する少女と、不思議な陣を敷く少年。その力によって、つつもに敵対するものは同士討ちを強いられているようだった。石畳は流された血で赤黒く汚れている。
（なるほど。同情の余地はあるのかもしれないが、この仕業は許されんだろう）
説得などおそらくできるまい。あの怒りと恨みに燃えた瞳を見れば、話し合いごときで妖怪の気持ちが変わるはずがないのは明白だった。ならば自分の行動は決まった。氷華は歩み出る。
「全力で戦わせてもらう」
「援護ぐらいはしましょう。足止めなら得意です」

「攻撃するな。回避に専念するんだ」
　森から飛び出し、行動反転を起こしている者に氷華は告げた。新たなもれいびの登場に、つつもは冷たく言い放つ。
「邪魔だては許さぬ」
（――凍れ）
そう氷華が念じると、ろっこん『замерзание（ザミルザ－ニイ）』の力で、つつもの足元が氷で覆われた。同時にエレノアが森から飛び出し、逆巻天野が立つそばの髪と、天野の足元に水鉄砲で水を吹きかけた。
「何をする！」
つつもは根が生えているかのように動かないが、エレノアの『ネヴァー・パーツ・ラヴァーズ』で足を接着された天野はバランスを崩す。見つめる視線が途切れて、犬神花梨と神無月ひふみは体の自由を取り戻した。
「えーい、もう！　これでどうだ！」
後ろで黙って見ていられなくなった晴海飛鳥は、忌竹を一本取り出すと、先ほどまで輝いていた魔法陣のあったあたりをほうきで掃くようにごしごしとやり出した。そのどれかが陣の重要な線に触れたらしく、光はすうと失われる。
「よーし、形勢逆転だな？　覚悟しろよ、妖怪野郎」
「防御は任せてくれ。君たちは攻撃を」
意気込む花梨に、橘勇は答える。
「私も攻撃に回ろう。可能であれば本体を叩く」
それに並んで氷華も構えた。