五月病は恋の始まり｜リアクション

五月病は恋の始まり

　スランプ、というやつかもしれない。
　自室のデスク、しばらく腕組みしてうなってみたものの、特に進展はなかった。
「なんや全然浮かばへんなぁ」
　伏見真は椅子の背にもたれこれをギシギシさせながら呟いた。
　五線譜ノートをいったん閉じて、また開いてみる。すると魔法のように中身が真っ黒に……なるはずもなかった。閉じて開いてを何度かやってみる。やってはみるが、
「何回みても、5本の線以外何もあれへんし」
　結果、苦笑いするほかないのであった。
　音楽が出てくるときはそれこそ、蛇口の壊れた水道というか、威勢良くアイデアがあふれてくるものだ。そういうときは、五線譜に書き写す手の遅さがまどろっこしくなるくらいなのである。先日、友人に頼まれ書き下ろしの楽曲をほとんど一息に書き上げたときがまさにそうだった。
　ところが今の真たるやまるで涸れ井戸、ずっと頭を悩ませているのに、メロディのひとつとて出てこないのだ。
「あかん、なんや体もダルなってきたわ。やめやめ」
　音が1音もでてきぃひんなんてどないかしてしまったんやろか、とぶつくさ言いつつ、真は腰を上げ、リモコンの再生ボタンを押す。
　DVDが再生された。テレビには華麗なステージが映し出される。舞台の中央、衆目を集めているのは真の友人二人組だ。彼らが歌い上げている楽曲が、真のペンによるものであるのは言うまでもない。
「……ふぅむ」
　それなのに、曇り空みたいな声が出てしまった。
　どうしてだろう。
　普段なら、彼らの姿を見ているうちに新しい楽曲のフックがいくつも思いつくはずなのだ。それらを手がかりにしてボルダリングのごとく、作曲の山をわしわしと登っていくのが真のスタイルだ。
　ところが目の前の壁はつるつる、なんの手がかりも見つけられない。
　要するに、アイデアがからっぽという状態に変化はなかった。
　あかんわぁ。
　真は部屋の鍵を探した。
　なにかが足りない、それだけはわかっている。
　だったら、そのなにかを自分で見つける必要があった。