五月病は恋の始まり｜リアクション

五月病は恋の始まり

　窓を開けると空が青い。
　風は爽やかで、ほのかに若葉の香りがする。
　薫風というのは、こういうものをいうのだろう。
　気がつけば五月。
　少し前まで春だったのが嘘みたいだ、と伊賀解理は思う。
　卒業式会場の静粛なひんやりした温度が、新学期クラス分け発表時のざわめきが、まだ肌に残っているような気がしてならない。目の前を花吹雪が横切ったとて、きっとそれほど驚かないだろう。おろしたての春服の、ナフタリンの匂いすらするような気がしている。
　なんだろうなァ、と解理は溜息をついた。
　時間が流れるの、早すぎるよ。
　自分の感覚的にはまだ、春に足を踏み入れたところだというのに、周囲はとうに初夏の気配、なんとなく、乗り遅れたような気分だった。
　あくびが出るけど眠いわけじゃない。解理はベッド脇に落ちていた先月号の雑誌を拾い上げ、読み飛ばしていた記事や広告に目を通す。でもぜんぜん頭に入ってこない。まるで外国語で書かれたお経だ。写真も文字も、その上を目が上滑りするだけだった。すぐに飽きて放り出してしまう。
　かといってテレビをつける気にもならない。買ったがパッケージすら切っていないゲームもあるにはあったが、開封作業からしてすでに、絶望的なまでに面倒くさい。
　ごろんとカーペットに背を転がす。
　もしかしたら……！
　解理ははっとなった。
　もしかしたら、この感覚って……まさか、アレか。
　ころは土曜の昼下がり、まだまだ賑やかな時間帯だ。この気分のまま一日ひきこもって過ごしたら、もう完璧否定できなくなるではないか。
　逃げるようにして解理はパーカーをひっかけ、靴を履いて外に出る。
　どこに行こう？
　どこでもいいんだ。じっとしていちゃいけない。
　逃げなくては……五月病から！

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