並走せよ！　暁の神速ランナー｜リアクション

並走せよ！　暁の神速ランナー

　いかにも退屈だといった風に、腰掛けた足をぶらぶらとさせる少女。名は青物といき。視線の向く窓の外は、今日もしとしと、雨が降り続いている。夜明け前の空は暗く、灰色だ。
「梅雨だからしかたないけど……こんな日にも299街道を霊が走っていったのかにゃあ？」
といきは不思議でならなかった。雨模様の早朝など、アップにふさわしい天候・時間とは思えない。幽霊だから雨には濡れないのかもしれないが、腑に落ちない点が多かった。
「ま、とにっかく！　陸上をやっていたというのなら、私の大先輩！　ここは先輩にいいとこ見せるんだにゃ！」
といきは立ち上がり、レインコートに手を伸ばした。手早く袖を通し、目深にフードをかぶる。そろそろ午前五時になる。いつものといきが起きる時間だ。少しだけ早起きになってしまったが眠くはない。これから幽霊に会うために走るという、特別な動機があるからだろうか。ほんの少しの不安と、それを上回るドキドキ感を抱きながら、といきは299街道に立った。

　レインコートのビニール素材をぱらぱらと雨が叩くその音を伴奏に、といきはジョギングを開始した。しばらく走っていると、後ろからものすごいスピードの足音が聞こえて来た。湿った舗装道を走っているのに、靴音は乾いている。
（来たにゃ）
といきは気配を感じながらも、気がつかないふりをして走り続けた。遠かったはずの靴音はあっという間に真後ろに迫り、一瞬でといきに並び、そして通り過ぎて行った。後には誰もが耳にすると言う、幽霊が発するたった一つの言葉が残される。
『また一緒に並んで走りたい』
（……勝負するにはまだ早いにゃ）
といきは長距離選手だ。これしきのことでは疲れはしないし、焦りを感じることもない。
それに走るのは今日だけではないのだ。

「チアントイ！」
　『変身』の掛け声でシダ美穂戸は柔らかな色の獣、サオラに変身する。彼女のろっこん『ベトナムユニコーン』の力だ。挑戦二日目、負けず嫌いなシダは苦手な早起きをしてまで、再び街道にやってきたのである。

「たのもーシダだ」
言ったそばから神速ランナーがどどどと走りすぎていく。あいさつしたのに無言とは何事か。シダはむっとして幽霊を見送った。
「サオラになれば　負けない　服も気にしないでいい」
シダは獣の首でうんうんとうなずく。
「むっつりいてもホンサオダウ　問題ない」
誰のことを指しているのかは、追求しない方が話がスムースに進むだろう。そういえば自分は今全裸だな、などと、ついつい考えが脱線してしまうシダだったが、気を取り直す。
「いくぞ　おばけ　負けないぞ　シダ」
四つの足で走るシダはすばらしく速い。見失ったはずの幽霊の姿が再び視界に入ってきた。変身してもシダは人間の言葉を話すことができる。だから、呼びかけてみた。
「お前　なんで　走る　シダは　風になるため　走る」
やはり答えはない。幽霊は何のために走るのだろうか？
「天国いくか？」
走ったらいつか成仏できて、天国に行けるのだろうか？
答えぬ幽霊は、この日もシダを振り切って、街道の東に消えてしまった。