【Toys Labyrinth（１）】

　子どもたちの間で昨今大ハヤリの、不思議なオモチャ。それが話題の、『携帯戦記（ハンディバトラー）カプセルギア』！
　ホビーショップ【Ze Pet】のアルバイト店員兼常連客、遊びと聞いたら黙っていられないお茶目なお姉さん八重崎 五郎八が主催するこの『Toys Labyrinth』は、そんなカプセルギアをフィーチャーした部屋です。
「カプギアドレスアップフェアは大盛況だったわねー。やっぱり私の目の付け所が良かったわね！」
「あはは、本当だね。さすが八重崎」
　『ぐらぐら』期間中、スタッフとしてZe Petへ出入りしていたロベルト・エメリヤノフ。ふたつのお店をかけもちしてお手伝いするという、あとから考えるとなかなかに無茶なスケジュールをこなした彼ですけれど、終わってみれば気持ちの良い充実感がありました。
「やっぱり、『マーカー』と『デカール』のセットが良かったよね。オリジナルのカプセルギアが作れるって、みんな一生懸命作業してたなぁ」
「カプギアにはこんな楽しみ方もあるんだよーって伝えたかったの。ギアバトルだけじゃなくて、自分のカプギアをドレスアップするのも醍醐味よね」
　五郎八のそんな想いや、ロベルトのお手伝いもあって、Ze Petのぐらぐらイベントは大盛況！
　今日のこの部屋はつまり、そんなイベントの集大成というわけなのです。
「それじゃ、八重崎は裏でスタンバイしててよ。マイクの調子は大丈夫？」
「あーあー、テステス。マイクのテスト中ー。どう？」
「バッチリ」
　五郎八は姿を現さず、裏から声のみで部屋の番人役を演じます。一方のロベルトは、訪れたお客さまを手厚くサポートするスタッフという役どころです。
「そろそろお客さんが来る頃かな？」
「そうね。それじゃ、いきましょっか！」
　せっかくだし、ノリノリで楽しまなくっちゃ！　そんなふうに五郎八が言って裏へ消えた直後に、
「おっじゃましまーっす！」
　部屋へと響く元気な声。どうやら、お客さま第一号が訪れたようです。
　ロベルトは、にっこりスマイル！
「ようこそ！　『Toys Labyrinth』へ！」



　輝楽 弥生は一見、いかにも軽そうなギャル風のイマドキな女の子……そう見えるかもしれません。
「へーっ、オモチャの部屋なんてメルヘンやんな！　なんかこう、感性にビシバシ訴えるもんがあるやんか」
　けれどその実、彼女は芸術を愛する芸術家志望。アートを感じるものにはついつい反応してしまうくらい、芸術に対してはマジメな努力家なのでした。
　そして『Toys Labyrinth』は、そんな弥生もうならせるほど、不思議で楽しい空間でありました。
「壁一面に、プラモ、フィギュア……いろんなオモチャが飾られとる。うーん、アートやね」
「あはは、気に入ってくれた？」
「あ、ども」
　声をかけてきたお兄さん……ロベルトの案内で、弥生は部屋の中央へと通されました。
　壁にはやっぱり、たくさんのオモチャたち。ひとつの扉は部屋の出口のようですけれど、ぴったりと閉じられていてとおることができません。
　よくよく見ると、壁の一角にはぽっかりと小さな隙間があって、向こうの区画へ繋がっているようです。
「それじゃ、簡単にルールを説明するよ！　この部屋ではカプセルギアを使うんだけど……カプセルギアは初めて？　それとも慣れてる感じかな？」
「初めてやないけど、始めたばっかり。うち、今月寝子島に来たとこなんや。そん時にもらったカプセルギアが……」
「おっ！」
　弥生が取り出したカプセルギアを見て、ロベルトは嬉しそうな顔を浮かべます。
「マーカー、さっそく使ってくれたんだね。いい色だなあ、青空みたいですごく綺麗だ」
「分かる？　ふふ、けっこうお気になんや♪」
　青く塗られた『ファイブ』は、この五月に寝子島へ越してきたときに祖母からもらったノーマルギアへ、Ze Petで購入したマーカーで塗装を施したものです。パーツの構成はまだまだ検討中ながら、弥生にとっては大切な相棒なのです。
　ロベルトが説明してくれるルールを大かた把握したところで、弥生はスマホを取り出して、
「オッケー、大体分かったで。ほないってみよか、ファイブ！」
　ぺもっと画面をタップ！　青いノーマルギア、ファイブは軽快にジャンプすると、壁の隙間へ飛び込んでいきました。



　弥生自身は空間に入ることはできませんので、部屋のオモチャ・ウォールに掲げられたモニターを確認しながらの遠隔操縦、ということになります。
「うあ、けっこーむずいやんこれ……！」
　いつもと違った操作感に戸惑いながらも、弥生のファイブはひとつめの区画を探索していきます。
「おおっ！　思わずスケッチしたくなる風景……」
　ついついモニターへ見入り、弥生はほうっと息を吐きました。
　『Toys Labyrinth』にはオモチャの壁で区切られたいくつかの区画があり、それぞれに特徴的な地形が再現されているようです。
　ファイブが足を踏み入れたのは、当たり一面に広がる緑の草原に、咲き乱れるお花畑！　向こうにはそれこそメルヘンチックなお城のミニチュアまでそびえていて、ファンタジーで素敵な空気が漂っておりました。
「ふふーん。分かったで！」
　きらり！　弥生の目が輝きます。芸術家志望のタマモノか、目端は利くほうでした。
　スマホをスワイプするとファイブがてててと駆け出し、やってきたのはお城の城門前。本当はプラモデルの小さなお城ですけれど、カプセルギアと比べれば巨大に見えて、なかなかの大迫力です。
「この城門が出口になっとるんやろ？　ほんで、これを開けるための仕掛けがどっかに～……お！」
　お城の壁からにょきっと飛び出しているレバーを見つけると、さっそくそれをファイブが引っ張ります。がこん！
「……あれ？　なんも起こらへんやん……って、あっちにもレバーが」
　門を挟んで反対側にもうひとつのレバーを発見すると、ファイブはてけてけと駆けていき、がこん！
　けれどレバーを倒すと、先ほど倒したはずのレバーががこんと音を立てて、元に戻ってしまいました。左のレバーを倒せば右のレバーが元に戻り、右のレバーを倒せば左が戻ってしまう……どうやら、同時に左右のレバーを倒す必要があるようです。
　ふたつのレバーは離れたところにあって、もちろんファイブだけでは同時に倒すことができません。
「なるほど。一体じゃ限界があるっちゅうわけやね」
　すぐにも気づいた弥生。くるりと振り返りまして、
「お兄さん。簡易端末とかある？」
「おっ！　さっそく気づいたね。もちろんあるよ！」
　そう。この仕掛けを突破するには、二体のカプセルギアが必要不可欠！
　ちなみに壁のオモチャたちのなかにはカプセルギアも飾られていて、一体しか持っていない場合はそちらをレンタルすることもできるようです。
「おーし。まだ試作中やけど……出番やで、『アーミー』！」
　弥生が取り出したのは、ほかならぬZe Petのガチャガチャからゲットした、もうひとつの相棒です。さっそくロベルトから渡された簡易端末でA.I.C.O.へ登録すると、アーミーは立ち上がり、壁の隙間へぴょいん！
　お城へ二体のカプセルギアをスタンバイさせて、
「つまり、こういうことやろ？　左のレバーをファイブが、右のレバーをアーミーが、同時に……それっ！」
　二体が同時にレバーを、がこ、がこん！　倒しますと……ごごごごご。
「へへ～、やったで♪」
「うんうん、お見事！」
　狙いバッチリ。モニターのなかではお城のいかめしい城門が軋むような音を盾ながら、重たげに開いていくのが見えました。ここをとおれば、次の区画へ進むことができそうです。
「このままどんどんいくでー、ファイブ！　アーミー！」
　弥生の元気な声とともに、二体のカプセルギアは、城門の向こうへと飛び込んでいきました。