ぬいぐる図書館の夜｜リアクション

ぬいぐる図書館の夜

　児童コーナーは既に人とぬいぐるみで、一人の女性──オネーサンを中心にそれなりの賑わいを見せていた。
　オネーサンが紅茶とクッキーを配っている。
　それを待っている間、側にいた遠野まほろは自然とぬいぐるみ達に囲まれ、色々な事を問い掛けられたり、一緒に遊んでほしいと誘いを受けたりと大変な目に遭っていた。

「め……目が回っちゃう……」
　しばらくして、それらがひとしきり落ち着いた後、オネーサンはまほろに紙皿に乗ったクッキーと、紙コップに入った紅茶を振る舞ってくれた。
　今までも配って回るには大変な量だったはずだ。しかし、オネーサンが注ぐ紅茶の入った水筒の中身はいつまで経っても途切れる事は無く、クッキーの入った銀の袋も見えない中身を途切れさせる事はない。

「オネーサン！　この人も、ずっとぼくらのおてつだいしてくれたんだぜーっ」
「え、えっ……？」
　元気なぬいぐるみの声に、おねーさんはまほろに向かって嬉しそうに微笑んで、少し口にして減っていた紅茶とクッキーをそっと追加した。
「ありがとう……
　お役に立てたならいいんだけど……」
「おう、もっと自信持てや、ネーチャン！」
　テディベアにも色々な性格がいるのであろう、焦げ茶の毛並みをした口の悪いクマが、柔らかでもふもふの手でまほろにツッコミを入れる。
「う、うん……」
　それを受けて、まほろは自信をなさそうに勢いに押され、小さく頷いて。
　その言葉を受け止めれば、今日まほろに起こった出来事はとても嬉しい事として、心へと深く温かく残っていった。

　鳳城翔は、忍者ペンギンの『惣左ヱ門』と白い小鳥の『チロル』と共に、選んだ本をオネーサンに見せて確認してもらって、その場で一緒にクッキーと紅茶を受け取った。
　そしてそのまま、少し離れたところで、是非聞いてほしいと訴えられたぬいぐるみ達の悩みごとに耳を傾ける。
「拙者の主は、一度執筆に入れば食事も睡眠も入浴も投げ出す程の集中を持ち乍ら、愛飲の煙草だけは止められずにいる模様。あれでは何時倒れてもと気が気ではないでござる」
「私の小さなお友だちが泣いていたの。『思ってないこと言っちゃった』って。でも、それ以上にお友だちに謝りたくないって。
　ずっと落ち込んでいるのだけれども、何か元気づけてあげられる方法はないかしら」
　どちらも、自分の持ち主を思っての大事な悩みであることを実感しながら、翔は少しの間じっと目を閉じ、それから考えた事を口にする。

「煙草は健康にもよくないし止めた方がいいな」
　惣左ヱ門には頷き、
「(……喧嘩できる友達がいるのは羨ましい)」
　チロルへの心の中の呟きは、静かに胸の奥に沈めて。
「──それは、当人達でしか解決出来ない。
　今は見守るべきだと思う」
　そうして翔は思いつく限り、今一番と思えることを答えとして口に出せば、ぬいぐるみ達は真摯に頷いた。

　客観的に見れば、動けているのは奇跡に近く、この場のぬいぐるみ達はこの夜以降動けないかも知れない。
　しかし、この図書館で起こった事を思えば、同じ現象が家で起きてもおかしくない。
　動けなくても、心を伝えられる機会は出来るかも知れない。今の寝子島はそういう所なのだ。
「……」
　だから、自分が今やっていることは、無為ではないと。
　このぬいぐるみ達の思いは必ず持ち主に届くはずだと、翔は信じた。

「なあ、本は本当にそれでいいのか？」
「おうっ、今のアクション漫画じゃなくてホントに昔の古ぃヤツが読みたいんだってよ」
　新田亮と共に、短い手でお茶を持つぬいぐるみのブラックから、漢らしく紅茶を一気に煽り飲もうとしたらしく、即座に『熱っ！』という叫びが上がった。
　勢いで跳ねた紅茶のしぶきが本に掛かったような気がして、亮は急いで目を走らせれば、本が汚れている様子はまるでない。

「……本当に不思議な所だな」
「お？」
「いや……。それより大樹は、今でもよくお前と遊んでいるのか？」
　ブラックは持ち主の話題を受けてから、しばらく考えるそぶりを見せた。
「あー。ま、向こうも年くってるから、実際遊んでもらえる回数は減ったな」
「……そうか」

「で、でもよ！　俺の事はきちんと忘れないで時々手にして眺めたり、一緒にきちんと掃除したりしてくれるんだぜ。それで十分じゃねぇか！」
　ぬいぐるみでありながら、慌てて持ち主を擁護をするように言ったブラックの言葉。
　それに亮は心に滲む温かさと、心からの安心を添えて、ブラックの頭を、無言で上からぐしゃぐしゃと撫でた。

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ぬいぐる図書館の夜

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