ぬいぐる図書館の夜｜リアクション

ぬいぐる図書館の夜

「えっと……」
遠野まほろが、いつの間にか集まっていたぬいぐるみ達を前に、少しだけ緊張しながらも、勇気を出して話し掛ける。

「それじゃあ……
　本棚の高いところに手が届くのはオネーサンだけみたいだし、オネーサン一人じゃ大変なこともあると思うから……」

「背は高くないけど、ぬいぐるみさん達の届かないところには手は届くと思うから遠慮なくいってね」
「はーいっ！！」
　ぬいぐるみ達が己に手に該当するところを一斉に上げた。そして次々と湧き起こる『おねえちゃん、手伝って！』の声。
「わ、わ……っ。う、うん順番に、順番に……っ」

　

「──めでたし、めでたし」
　そうして、手伝いの一環として、まほろが絵本の一冊を読み聞かせ終えると、ぬいぐるみ達から充足感に似た、ほわっとした空気が溢れた。
「ねえねえ！　他の本も読んでーっ」
「これも、これもー！」
　普段からぬいぐるみ作成も趣味としているまほろの側には、伝わって来る馴染みやすい雰囲気からか、常にぬいぐるみが数匹が入れ替わり立ち替わりに側に集まってきていた。
「ぼく、まだお友だちに渡す本が何も決まってないのー。おねえちゃん、何か教えてー」
　そんな無邪気な質問に、その場の空気には慣れてもまだどこかで緊張していたまほろは、僅かな動揺の声を洩らしながらも、己の記憶に思いを巡らせる。

「本……は、私の好きな本になっちゃっても大丈夫かな」
　少し不安になりながらも、オネーサンがぬいぐるみを連れて歩くのと同じように、まほろも皆と共に絵本のコーナーで本を見る。
「あ、この絵本とか昔よく読んだな……
　女の子がぬいぐるみさんのお医者さんに診てもらうお話。
　……この絵本が好きだったからかな……今もぬいぐるみさんは大事なお友達だなぁ」
「おねえちゃん、それ読んでー！　読んでー！」
「う……うん。それじゃあ、次は、この本だね」
　まほろの足元がまたきらきらと色めき立つ。まほろも、心がほんのりと温かくなるのを感じていた。

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　一方で、本をオネーサンに届けてナイトと別れた八神修は、子供向けの参考書が並ぶ本棚の前にいるクマの『てでぃ』を目に留めた。
　尋常にしては少し離れているその気迫。
　真剣そのものの気配に、修は邪魔しないようにそっと話し掛けてみた。
「おうっ。実はさ──」

　そうして話を聞けばてでぃは、持ち主であり勉強が大嫌いな小学生の男の子に、少しでも頑張って欲しいのだという。
「でもさ、まずは人にしてほしければ、まず自分からって言うだろ？」
「ああ、その通りだ。てでぃはぬいぐるみなのに、とても人が出来ているな」
「普通はおれ動けないけど、おれに分かる本なら友達だって分かると思うんだ。だから、今のうちにその本を探して、俺が少しでも分かっていれば……」

　てでぃはそこで言葉を切った。内容が分かっても、動けなくなれば教えられるわけも無い。
「……念でも送れば通じるか……？」
　てでぃは、自信も根拠も薄すぎる内容に自分で口にしながら思いきりどんよりとした。
「いや、一番はそうして持ち主を思ってくれる心だ」
「本当かっ？」
「ああ、何がなくとも向学心だ。きっと伝わる。
　それに……」
　──向学心のある人は応援したくなる。
　浮かぶのは、不得手の料理を頑張る、自分が片想いをしている相手の存在のこと──

「──もし良ければ、分かり易い本を選ぶだけでなく、ちょっと教えようか？」
「おおおっ！　助かるぜ！
　この『すうじ』って、良く分からなくてさ！」