深夜激走！　寝子島仮装マラソン大会｜リアクション

深夜激走！　寝子島仮装マラソン大会

「あの人はやーい！」
「あの格好でよくあのスピードで走れるな……」
　序盤から先頭集団にがっちりと食らいつく難波辰。ダークカラーのスーツに白マフラー、ハットで決めて、手にはバラの花束を抱いている。いわゆるギャングスタの扮装だ。キザな衣装が、憎いほどよく似合っている。

所属は普通科だが、一度は体育科への推薦を真剣に考えたこともあるほどだ。辰の運動能力は高かった。中学時代に『特攻の辰』（ブッこみのたつ）と呼ばれていたのもうなずける。その時は自分の足で走っていたわけではなかったが……。
　声援を受けながら、辰は一人の少女のことを頭の片隅で考えていた。
（あー……欲を言えば、あいつとペアを組んでいちゃいちゃしながら走ってみたかったな）
想う少女はここにはいない。今宵だけの伊達男となった辰は、ただひたすらに走ることを目標にするのだった……。
「ギャングさーん！　がんばってー！」
「おう！　ありがとなーべっぴんさん！」
黄色い声援にさわやかに微笑み、白い歯をきらりと光らせる。先の『ただひたすらに走る』のくだりは即刻取り消さなければなるまい。そこにギャルの、美女の姿がある限り、辰の第一フォーカスはそちらに向いてしまうのだった。
「そのきれいな顔は覚えたで。今度一緒に茶ぁしばかへん？　おごったるで！」
一瞬見せた、しんみりとした表情はどこへやら。

　快調に飛ばす辰の顔が、不意に険しくなった。目の前に憎むべき敵、カップルランナーが存在していたからである。若い男女はおそろいの仮装に身を包み、時折顔を見合わせてはにっこりと笑いあっている。走りながらも熱いまなざしを交わす時すらあった。そのすべてを、辰は見ていた。
「かー！　バカップルどもめ！」
辰はにわかにスピードを上げ、カップルの真ん中に突っ込んだ。体で二人の仲を裂く。
「なにすんだ、この野郎！」
吹き飛ばすのは男性ランナーの方だけだ。すかさず辰は女性ランナーに「おっと」と手を差し伸べる。
「堪忍な。お礼にあの給水所で水しばかへん？　ちょうどあそこに給水所もあるしスペシャルドリンクでもええな」
と、油断も隙もない。小さな幸せを壊された男が黙っているはずもなく、怒りもあらわに辰に突進して来た。
「あわわ、これは退散やな。カノジョ！　次のチャンスを楽しみにしててや！」
『カノジョ』は逃げる辰と追う恋人とに取り残され、ぽかんとその場に立ち尽くした。

「待てコラア！」
「しっつこいなぁもう！」
恋人との楽しいマラソンを邪魔された男は猛烈な勢いで辰を追う。そう簡単につかまる辰ではないが、給水所のテーブルが見えてきたところでにやりと悪い笑みを浮かべた。テーブルに脚を勢いよくぶつけて、転ぶ。
「どこ行きやがった、あの間男！　って、ええっ!?」
「ああん、いったぁ～い……」
男の目の前には、金髪ロングヘアのギャルが倒れていた。黒いスーツで男装をしているが、まぎれもない女性である。これは辰が持つろっこんの力『にょたいかっ！』で瞬時に変化した姿なのだが、『ひと』にそれがわかろうはずもない。
「転んじゃったぁ……」
女体化した辰、通称『辰奈』は男にしなだれかかる。
「マラソン、たいへぇん……この服、あっつぅい」
ネクタイをしゅるりとほどいてシャツのボタンをあけると、こぼれ落ちそうなボリュームの胸がちらりと見えた。谷間に男の目は吸い寄せられる。
「タカ君！　何してるの!?　その女、誰!?」
「ち、違う！待ってくれ！」
運の悪いところに、そこに『カノジョ』が現れる。男は勘違いした恋人の怒りを鎮めなければならない！　一瞬の油断、下心のつけを払わされることになった男は情けない声を上げて女性を追っていった。
「ふふん。リア充死すべしや！」
辰奈はにやりと笑う。服装を整えると、何事もなかったようにマラソンを再開した。
「あー、リア充……俺もか？」