深夜激走！　寝子島仮装マラソン大会｜リアクション

深夜激走！　寝子島仮装マラソン大会

「あーもうだらしねーな」
　『魔女と魔法のほうき』の魔女様こと丑都渡紗姫は、細い指先できれいな形の折鶴を次々と仕上げていた。日ごろのネイルやメイクテクニック、趣味のアクセサリー作りで手先は器用なのである。あっという間に十羽の折鶴が折りあがった。
「はい、OKです。十点加点しますね！」

紗姫は満足げに立ち上がり、足元の何かをつかみ上げた。それは先ほどまで、魔女様のほうきとして文字通り尻の下に敷かれていた、行梨謡である。数々の過酷な使命の末にチェックポイント前で力尽きた彼を、紗姫は『責任持って』引きずって歩いていた。
「ゴールまでもうちょっとだし、引きずってくかー。コンクリだからいたそー。かわいそー」
グロッキー状態の謡の返事はない。ほうきというよりモップのごとき姿となり、きらびやかな魔女に引きずられて謡はスタジアムに続く道を行くのだった。

　運よくスタート地点で荒海藤吾という良き仲間を得たことがよほどうれしかったのだろう。小倉杏子のテンションは留まることなく上昇していった。

ピストルの音を聞くや豹変、
「さあ、勝負事には本気で望まねばなるまい。他の連中に遅れはとらんぞ！」
なぜか鬼軍曹に変貌し、コースを勢いよく走り始めたのだった。藤吾はひたすらそれを追う形となっていた。
（シスター服は裾が長いから動きづらいだろ……走る速さは合わせるか）
杏子の運動神経が悪くないのは知っているつもりだが、気が気ではない。つつましいロングスカートが膝下までを覆い、杏子の走りを阻害しているのは闇夜のもとでもわかった。
「小倉。もうちょっとゆっくりでもいいんじゃないか？」
「教官に向かって何を言う！　これしきのこと、まったくぶぎゃっ!?」
奇妙な音を立てて、藤吾の視界から杏子が消えた。
「小倉!?　お、おい。大丈夫か？」
「う、うぅ……」
消えたと思われた杏子は、藤吾の足元でうずくまっていた。慣れない衣装で転び、膝を地面に打ち付けてしまったらしい。皮膚の下はすぐ骨という部分をしたたかに打たれて、痛みに涙が浮かんでいる。
「ケガしてるのか」
藤吾はそれだけ言うと、有無を言わさず杏子を背中に担ぎ上げた。杏子は一瞬痛みを忘れ、恥ずかしさと戸惑いで真っ赤な顔になった。
「……ななっ！　ど、どういうつもりだ！　降ろせ、降ろさんか！」
（バカ。……一人で置いてはいけねぇし、棄権しろとか救護班行けとか言ってもどうせ聞かねえんだろ）
「悪ぃけど、降ろさねぇから。このまま走るぞ」

人造人間は、傷ついたシスターを背負って走る。

　杏子の心中は複雑だった。胸が高鳴るのはケガをしたせいなのか。おぶわれて心臓がいつもより高い位置にあるからなのか!?　理解できない現状に頭がぐるぐるする。
「……もう、勝手にしろっ！」
熱が出そうなほど真っ赤になった顔で、威勢を張るのが精一杯だ。
（ケガしてかばわれるなんて、女の子扱い……慣れていないんでありますよ……）
（小倉はいつもどうしてこうなんだよ……ちっ、ほっとけねぇっつーの）
藤吾も杏子も不器用で、本音は心の中にしまったままだ。