深夜激走！　寝子島仮装マラソン大会｜リアクション

深夜激走！　寝子島仮装マラソン大会

　参加者には少なからず、ハンディキャップを持っている者もいた。そう言った選手には二名一組での参加が認められていたが、あえて一人で挑むランナーもいた。高齢者や、装具をつけて走る姿も見える。みなそれぞれに奮闘していたが、およそ十キロのコースは決して楽なものではない。そんな選手の一人の足がもつれ、どさりと倒れこんでしまった。
　痛みにうめくランナーに、手が差し出された。サテンの手袋に包まれた手は夜の闇の中でも淡く光を放っているように見える。倒れる者を決して見過ごさないゼシカ・ホーエンハイムの姿に、ランナーは天使の姿を垣間見た。花嫁の姿をした御使い・ゼシカは自分より背の高いランナーを懸命に支えようとする。

「おけがはありませんか？　……ああ、こんなところに」
ゼシカはランナーのすりむいた肘にそっと口づけ、静かに主への祈りを捧げた。人々の知る奇跡よりはるかに速く、確実に、ろっこん『マリアの接吻』は効果を表す。出血はたちどころに止まり、破けた皮膚は元通りに閉じてふさがり、何の痕も残さずに消えた。

　王子に扮した桜井ラッセルは、側近仮装の御陵春哉と共に走る。春哉があまり走るのが得意でないのはすぐにわかった。だからペースはかなり落としている。春哉は彼女なりに、懸命に走っているようだった。

「わっ!?」
ふとした拍子に、春哉はつまづいてしまった。止めようとしたラッセルも引きずられ、二人は堅い舗装道に膝をつく。
「御陵！　平気か!?」

思わず本名で呼んでしまう。痛みをこらえる春哉の顔を見ているとたまらなくなった。
「わ、私は大丈夫です、申し訳ありません！　王子こそご無事で」
無理をして、慌てて立ち上がろうとする春哉に手が伸ばされた。助け起こしてくれた人物は白いローブに身を包み、フードを目深にかぶっている。腰のロープベルトには、たくさんの袋がぶら下げられていた。ハーブの束がのぞいている。
「だいじょうぶ～？　痛いの痛いの、魔法で飛んで行けーなのよー」
「その声は、真辺!?」
驚くラッセルに、白い魔道士はほえほえと笑いかける。フードを取りのけると、よく知る友人、真辺伸幸の顔が現れた。
「さくくん、あたりいー。俺でしたぁ」
年齢不詳のローブの下には、ちょっと古風だが少年らしいドレスシャツを着ている。

「さくくん、王子様仮装似合ってるのよー。お供の方も凛々しくてすてきだねぇ」
「はっ！　身に余る光栄です。ありがとうございます」
のんびりとした伸幸の雰囲気のおかげで、春哉の緊張もほぐれてきたようで、元通りのロールプレイ口調に戻る。
「私はラッセル王子の従者、どこまでも王子の後をついて行くのです！」
「あははー。素敵な従者さんだねぇ。さくくん、幸せものねぇ」
「おかげさまでな。真辺はローブ……ってことは魔法使いか？」
「うんそうよー。森にひっそり住む、薬草学に詳しい魔法使いのおじいさん」
ラッセルはぷっと吹き出した。なぜって、伸幸の顔はつやつやと若々しくて、おじいさんのイメージには程遠いにもほどがあったのだから。
「フードをかぶればほら、年はわからないでしょ？　妖精さんも見えそうな気分なのよー」
ぬんぬん、ほわほわといつも通りの伸幸だ。
「お連れさんもいるし俺はもう行くねぇ。俺、相当遅いから一緒には走れないけど、応援は全力なのよー！」
伸幸は一生懸命に二人に手を振る。
「おう！　真辺、応援ばっかじゃなく、自分もがんばれよ！」
「真辺さん、ゴールでまた会いましょう」
ラッセルと春哉も笑顔で答える。