深夜激走！　寝子島仮装マラソン大会｜リアクション

深夜激走！　寝子島仮装マラソン大会

　「寝子島高校ミステリ研究部、『ミス研』と、旧市街のなじみの魚屋さん、『魚新』をまとめてよろしくお願いしまーす！」
着ぐるみ姿にのぼり、プラカード。カメラに向かって宣伝しているのは新井すばるだ。
「『魚新』自慢の香ばしく味わい深いふっくらちくわ！　ちくわは『魚新』ですよ！　自称めい探偵の推理が冴える知識の泉、ミステリ研究部もお忘れなく！」
並べて連呼すると、その関連性のなさに聞き手が混乱しそうだが、すばるは特に気にせず宣伝を続けていた。

「すばる。そろそろちくわは置いて来て」
呆れた目で見るのは金髪美少女、ブリジット・アーチャー。すばると二人揃えば、寝子高ミス研の顔である。今日の彼女は男装している。こじゃれたスーツを隙なくまとい、幅広のウィングカラーのシャツに蝶ネクタイと、ちょっと古風な決め方。つやつやに磨かれたエナメルの靴、完璧な紳士には欠かすことのできないステッキに帽子。この装いは、灰色の脳細胞から生み出される推理が冴える、かの有名な名探偵をイメージしたものだ。きちんと口ひげまでつけているのだからそのこだわりに恐れいる。
「あ、うん。預けようと思ってたんだけど、父さんを見失っちゃって」
すばるは困り顔だ。ブリジットはため息をつく。
「ホームズはどうしたのよ。さっさと着替えてきてちょうだい」
「父さん、見つからないなあ……。とりあえず着替えてくるね」
「深夜に魚肉加工品と走るのなんてまっぴらよ。はよはよ」
めったに口に出さない神戸の言葉がぽろりと出る。学校でのブリジットは常に標準語なのにだ。
（これもまた信頼の証のひとつ、だよね？）
とすばるは一人、浮かれた気持ちになってみる。

「ブリジットさん、お待たせ」
　簡易更衣室から戻ったすばるはクラシックなスーツ姿だ。ケープ型のコートを羽織り、手には虫眼鏡。パイプをくわえハンチング帽をかぶっている。稀代の名探偵として名高い、『ニャーロック・ホームズ』の仮装だった。今宵すばるとブリジットは、名探偵コンビの仮装でコースを走るのである。
「それにしても立派なおひげだねえ……」
すばるは目をぱちくりとさせながら、ブリジットの顔の真ん中で主張する口ひげを見つめた。
「ひげがなくては名探偵になりきれないでしょ？」
「似合ってるのが不思議というか」
「ひげを褒められてもうれしくない」
ブリジットはばっさりと切って捨てる。すばるがひげひげとこだわるのは愉快ではなかった。
「いやいや、全体的にほめてるよ。ばっちり決まってるし、かわいいよ。そのひげ。うん、なんていうか……べりキュー」
『Very cute』と言いたいのだろう。ところが発音がよろしくない。ブリジットの眉がきっとつりあがる。
「Enough. ……OK?（もういいから。……ね？）」
「あーはい。うん。位置につこっか……」
結局父は見つからず、背中には重たくしなるちくわくんを背負ったまま、意気消沈のホームズは金髪おひげの美少女探偵に引きずられていくのであった。