深夜激走！　寝子島仮装マラソン大会｜リアクション

深夜激走！　寝子島仮装マラソン大会

　霧生渚砂はヴァンパイアの仮装をしていた。表が黒、裏が緋色のマントは吸血鬼の装束としてお定まりのものだが、少しだけ現代的なアレンジが入っている。日本人らしからぬ赤い瞳に今日の仮装はよく似合っていた。柔らかい雰囲気の渚砂だが、今日は衣装のせいもあってどこかシャープさを感じさせる。しかし口を開けば中身が一緒なのは丸わかりだ。
「深雪？　おーい、深雪君」
渚砂は足元までを包む、自分のマントをちょんちょんとつつく。肩から背中にかけて、不自然に盛り上がっていた。盛り上がりは渚砂より少し小柄な人型をしている。
「どうして隠れてるのさ。もうスタートの時間だよ？　深雪ー」
「こんな格好で外に出られるかっ!!」
渚砂の猛攻（？）に耐えかねて、マントを跳ね除けて現れた霧生深雪の服装は――観客席の『お姉さま方』がキャッと声を上げ、頬を染めながら大喜びしている。手で顔を覆うふりをしながら、そのくせ決して目は逸らさないのだ。

美少年の身を包むは、パンク＆ボンデージの香り漂うセクシーな衣装。艶めいた素材はレザーとPVCだろうか。ビスチェ型の上着にホットパンツ、ハードなブーツを履いてはいるが、すらりとした脚は少女のようなサイハイソックスで覆われていて、それが却って太ももや腹部、肩など肌のさらけ出されている箇所の危うさ、無防備さを強調する。頭の角と翼は、深雪が魔界の出自であること、渚砂演じる吸血鬼とかかわりの深い存在であることを見る者に理解させた。首にはチェーンのついた首輪がつけられている。その意味するところは『所有物』だ。
「深雪、寒そうだなー」
「寒くはないけど、何で俺がこんな格好！」
「お兄さんはヴァンパイアなんだけどなー？　それにあわせて注文したら、な、うん。こんな風になったんだ。手違いとも言う」
　渚砂は文字通りの『流れ者』としてやって来た身で、寝子島に来て間もない。少しでもこの島の住民としてなじみたいから、と仮装マラソンへの出場申し込みを彼が勝手にやってしまった時も、深雪はしかたないと受け入れてやることができた。その結果がこれとはあまりではないか。この服装は吸血鬼の使い魔、しもべの淫魔という設定のものなのだ！
「つーかな！　露出が多すぎる……水着より恥ずかしいぞ！」
叫ぶと深雪はまたさっとマントの下にもぐりこんでしまった。腐った女性客の失望の声が聞こえる。困ったなぁ、とため息をつく渚砂の背が、衣装をぎゅっと握り締める深雪の手でじんわりと温まっていった。
「……副賞、くだらねぇものだったら怒るからな」
そう一言だけ、マントの下からつぶやく声が聞こえた。

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