深夜激走！　寝子島仮装マラソン大会｜リアクション

深夜激走！　寝子島仮装マラソン大会

「ふふふ……深夜のマラソン大会なんて初めて！」
　霧切翠子は上機嫌だった。彼女がいつも以上に元気ではしゃいで見えるのは、お気に入りの後輩新井米太郎と一緒に走ることができるから。そして、衣服がいつもと違っているからだ。

彼女の選んだ仮装とは、米太郎との衣装交換だった。今日の翠子は米太郎が自称している、赤ジャージの正義の味方『あらこめレッド』の姿をしている。仮面代わりの赤いバンダナから頬のガーゼ、物騒なことを連想させるトマトジュース染めのバット、『偽善』とでかでかと書かれたおもしろTシャツまで再現されている。問題は『あらこめレッド』を知る者がどれぐらいいるかと言うことだ。人によっては女子がジャージを着ているだけ、にしか見えない翠子の服装がちゃんと仮装として認められているのは、隣にいる米太郎の存在が大きかった。
「きょうはあらこめレッドならぬ、霧切レッドとして出場よ。こー君と一緒に走れるなんてうれしいな！」
「う、うん……マラソンなんて中学以来かな。体を動かすのは得意だし、好きだけど……」
元気いっぱいの翠子に対し、米太郎はもじもじとするばかり。

「なんでこの格好なのー!?」
米太郎は翠子の制服を着せられていた。悲しいかな、背格好は似通っているのでなんとか女子制服を着ることができてしまう。
「うぅ……衣装交換って先輩、これ僕ただの変態じゃないか」
応援する人々からもカワイー、という歓声が飛んでいた。しかしやはり米太郎は恥ずかしそうに走っていて、本来の力は出し切れていないようだ。
（こー君に悪いことしちゃったかな？　女装なんて複雑よね……でも、似合ってるわ）
米太郎が本気を出せば、翠子のはるか先を行ってしまうはずだ。今、彼が翠子と並んではしってくれるのは、手加減してくれているのか、スカートがひらひらして恥ずかしいのか、それとも……
（こー君も私と同じで、一緒にいたほうがうれしいって思ってくれたらいいな）
乙女心を胸に秘めて、翠子は一晩だけの制服美少女と並んで行く。

「こー君！　クエストやっていかない？」
　もちろん、米太郎はこの大会のルールを知っている。得点はクエストや仮装でも手に入るのだから、途中で走るのをやめてもいいのだと。しかし出るからにはマラソンを完走するつもりだったし、勝負には勝ちたい気持ちもあった。少しだけ、迷う。
（霧切先輩に合わせなきゃだめだろ、僕……一緒に走ってるんだから）
米太郎の小さな葛藤は、隣を走る翠子を見ればすぐに消えた。精一杯ペースを上げてついてくる翠子は、息を荒くしている。
（僕が気をつけて見ていなきゃだめだ）
今日は自分だけの日ではない。翠子を大切に、最優先にしようと米太郎は男らしい決断をしていた。――女装姿で。

　「一個目のクエストは……や、やめよう！　それよりあっち、おいしそう！　こー君、これやろうよ！」
　米太郎たちは第二のクエスト、サンマ入り煮込みうどん間食に挑戦する。しばしマラソンのコースをはずれ、仮説テントの食事席に着いた。旧市街のおっちゃん、おばちゃんたちが供するうどんはとてもおいしそうだが、量が多い上にスープが煮えたぎりそうに熱い。
「はい、こー君。あーん？」
「せっせせ、先輩!?」
翠子は当たり前のようにうどんを米太郎の口元に運ぶ。驚くやら恥ずかしいやらで、米太郎はしばし固まってしまった。
「あ、ごめんね。まだ熱いよね？」
米太郎の戸惑いを勘違いした翠子は、うどんにふーふーと息を吹きかける。
「はい、ちゃんとふーふーしたから大丈夫よ。あーん」
とびきりの笑顔と共に差し出される箸。早食いクエストのはずなのに、しばし米太郎は翠子にうどんを食べさせてもらうことになる。ほほえましい光景に笑うおばちゃん、おっちゃんがそばにいるのがまた恥ずかしい。米太郎の顔はだんだん赤く染まってきた。
「あれれ？　こー君ごめん、まだ熱かった？　ふ、吹き出しちゃダメだからね!?」