深夜激走！　寝子島仮装マラソン大会｜リアクション

深夜激走！　寝子島仮装マラソン大会

　旧市街、参道商店街チェックポイント。ここを通過したランナーはまだそんなに多くない。スタッフの仕事も少ないものだから、みな夜食を食べたり、携帯でネットを見たり、はたまた中継されるマラソンの様子を見たりと思い思いに過ごしているのだった。その中で、音海なぎさは静かにパイプ椅子に腰掛けていた。手元にはいつもの救護セットの入ったポーチがある。彼は本日、運営スタッフ、救護班としてこのイベントに参加していた。決して仮装ではないのだが、今日もまた、女性と見まがうような服装をしている。

「ランナー入りまーす！」
係員の声で、なぎさも前に出る。
「チェックだけで。クエストはパス」
「こっちはクエスト受けます」
クエスト受領の選手には、ルール通りにあつあつ煮込みうどんが出される。なぎさは立ち寄るランナーたちの歩き方や、見えている部分の肌の様子を確認して、負傷が確認されたものの応急処置を行った。うどんを食べながら、ドリンクを飲みながら待つランナーの邪魔にならないようにしながらの治療はそれなりに気を遣う。
「これでいいですよ。がんばって」
テーピングを施した選手を送り出すと、再びチェックポイントは静かになった。次のランナーが来るまでにはまだ時間があるだろう。
「こんなイベントでもなければ、ボクがマラソンに関わることなんてなかっただろうな……」
しかも時間は深夜。なぎさの日常において、これはレアケース中のレアケースだった。
「さっきのランナーさん、なんか変わったもの飲んでたなぁ」
なぎさはドリンク予約席に近づいた。専用のスペシャルドリンクを希望するランナー向けに、名前や目印の付けられたボトルが並べられている。持久力を高め、疲労を癒すためにはどんな飲み物がいいのだろう？　なぎさは興味津々だった。
「飲めないものはさすがにないよね……冷たいドリンクが大半みたいだけど、熱いコーヒーとかにする人はいるんだろうか」
フタの上から、しげしげと多様なスペシャルドリンクをのぞき込むなぎさに、声がかけられた。
「音海さーん？　それ、ランナーの飲み物ですからね」
「うん、わかってるよ。見るだけ。見るだけね」
なぎさは照れたような笑いを浮かべるのだった。

「あれ。上穗木くん」
持ち場に戻ったなぎさが見たのは、後輩の上穗木千鶴だった。
「あーあー！　危ないっ！」
千鶴の長い髪の毛がうどんに浸かりそうになっている。それどころか、このままでは顔をつけてしまいそうだ！　なぎさはどうにか、千鶴の顔がどんぶりにダイブする前に、額を支えてやることができた。
「上穗木くんしっかりして！　具合悪いの？」
なぎさは千鶴の顔をのぞき込む。そしてすぐに気がついた。これは、眠い目だ。
「続けられる？　君このクエスト、やるつもりなの？」
「ん……せんぱい……うどん、いただきます……」
意識がなくなりそうなほど眠いのに、食前のあいさつを欠かさない千鶴は偉い。
（でも違うよ！　そうじゃなくて、本当にそれ食べられるの!?　食べて走れるの？）
一生懸命誰かが自分に呼びかけている。でもその声は、水中を伝わるかのようにわんわんと響くだけで、言葉になって聞こえてこない。
（誰かな……？　先輩？　眠くて、ぼーっとして……よくわからないよ……）
これは動画サイトで話題の、『食事中に眠くなってしまう赤ちゃん』動画に匹敵する。うとうとする千鶴は愛らしいが、目の前にはうだるように熱いうどんがあるのだ。危なすぎて目が離せない。