深夜激走！　寝子島仮装マラソン大会｜リアクション

深夜激走！　寝子島仮装マラソン大会

「小淋さん。参加されていたのですね」
森蓮に呼ばれた浅山小淋はうなずいた。走り始めて一キロも過ぎていないが、あまり体の丈夫でない
小淋にはきついらしく、すでに息が上がっている。声を失った彼女は走りながら意思を伝えるすべがない。蓮を見て、少し困ったような顔をした。
「そのままで構いませんよ。わかっていますから。今日は零さんとご一緒なんですね」

小淋はまたうなずく。今日の彼女の装いは、青のかさねの着物。長い黒髪によく似合う、かぐや姫の姿だ。トレードマークのチェックのリボンや、髪飾りとのコーディネイトで、ちょっと現代的なアレンジがなされている。下は紺色の短いプリーツスカートだ。
「本日は部長の小淋殿が参加なされるとのことだったので、拙者もちょっとした運動がてら、付き合わせてもらっているのでござるよ」

代わりに答える夏神零は、黒と赤を貴重にした和風の楽士姿だ。彼自身の白い髪、赤い瞳との対比も美しいが、隣に並ぶ青が基調の小淋とのコントラストも目を引くものとなっていた。二人は共に学生支援部のメンバーである。
「お二人ともよく似合っていらっしゃいます。けれど和服では走りづらいでしょう」
「それは承知の上。マラソンなのだから記録を競うのも確かによい」
零は小淋をちらりと見る。やはりこの先の距離を走り抜くのは、彼女にとって重い負荷となるだろう。和風の装いに共通点を見出し、一緒に走ろうと誘ってくれた小淋の気持ちを無碍にすることなど、零には絶対にできないことだった。
「しかし本日はタイムよりも、イベントを楽しむことを重視しようと」
　蓮は零の走る姿と、配る目線から、彼が本当は上位も狙える力量の持ち主であることと、あえてそれを放棄して小淋と共に走ると決めたことを理解する。
「私も同じ気持ちです。今日は無理せず楽しみましょう」
「無論。蓮殿もご自分のペースで楽しんでくだされ」
「ありがとうございます。小淋さん、よろしければ少しアドバイスをさせていただいていいですか？」
蓮は小淋の隣に並ぶ。蒼のかぐや姫は蓮を苦しげに見た。
「マラソンは歩型違反がありません。歩いてもかまわないんですよ。人と比べず、自分が楽か苦しいかで速さを決めると、より長く走り続けられます」
『ありがとうございます』
小淋は基本的なあいさつが書かれたページを繰って蓮に見せた。
「零さんがご一緒されていますから、大丈夫ですね」
『大丈夫です』
小淋の笑顔に蓮は安心する。精一杯がんばる彼女に微笑み、零に深く礼をして、蓮は「私はこれで」とその場を離れた。

　無理なくペースを維持するために、小淋のほんの少しだけ後に零がついて行く形になる。高貴な姫と神秘の楽士のお忍びの旅のようでもあった。懸命に走る小淋の後姿は、零にある人々を思い起こさせた。
（……ああ。『彼女』や『仲間』だ。なぜ気づかなかったのであろうな）
小淋が抱える『声』というハンディは零が心にかける人々と同じ類のものだった。だが小淋と同じ支援部に所属し、こうして一緒に走ることになったのは、そのことが関係あるわけではない。
（まこと、人の縁は奇妙なものでござるな……これを偶然と言っていいものなのか）
ちょんちょんと小淋に肩を叩かれ、我に返る。どうやらいつの間にかつぶやいてしまっていたようだ。
『どうかされましたか？』
「あ、ああ。いや、応援はうれしいものだと思いましてな」
うまくごまかせたか、と思う。小淋のハンディを知る者も知らない者も、沿道から手を振り応援してくれていた。小淋は律儀に笑顔で手を振り返している。
「のんびり走るのだから、クエストでも受けていくとしませぬか」
零の言葉に小淋は微笑み、うなずくのだった。
（はて、そういえば灯斗南殿の姿が見えぬな……出場されると申していたと記憶しておるのに）
零は姿の見えない友人のことを考えた。