深夜激走！　寝子島仮装マラソン大会｜リアクション

深夜激走！　寝子島仮装マラソン大会

　仮装のテーマは自由、だからこそ、お姫さまあり騎士あり海賊に怪物ありとバリエーション豊かなのだが、浅沼柳司と弓弦原譲のコンビ仮装はやや異質だった。譲は濃紺で統一された看守服。柳司は絵に描いたようなお約束の横縞囚人服である。
「なあ……」
柳司は不満そうに呼びかけた。不良っぽい雰囲気の彼と、眼鏡の似合うクールな譲は一見そりが合わないように見える。二人は十文字若菜を通じて知り合った仲だった。が、二人の縁を作った十文字若菜は別なグループの仮装に加わり、知り合って間もない柳司と譲が組むという少々不思議な事態となっていた。
「ん？　何だ。サイズが合わないか？」
譲が大真面目に言うずれた答えに、柳司はがっくりと肩を落とした。
「そうじゃなくてな……仮装マラソンはええんやけど、なんでこの衣装？」
「うむ。話せば長くなるんだが」
譲の眉間にしわが寄り、しかめ面のまま事の経緯が語られる。
「これは妹から送られてきたのだ」
「へ!?」
「妹が、俺に似合いそうだからとネット通販で購入して送ってきたんだ」
「看守服をぉ!?」
柳司の声にも譲の顔色は変わらない。淡々と、事実を語り続けるのみだ。
「手紙が入っていてな、『絶対着てね、写真撮ってね、無視したら無理やりにでも着せにいくよ？』とあって……」
「……お前の妹もえげつないな……」
面と向かっては言えないが、ストーカー気質のようなものを感じる。
と、がちゃりという音がした。見れば自分の手首と譲の手首は手錠でつながれている。
「まあそんなわけで、身の危険を感じたので着てみたというわけだ。浅沼にもこうして付き合ってもらってな？」
「付き合うのはええけどさ!?　何で手錠まで」
「やるからには徹底的に、完璧を期したいと思ったのだが」
「っちょ……お前……」
「ちなみに俺は見ての通り看守だが、お前は下着泥棒の常習犯と言う設定だ」
「囚人なのはええとして、何で下着ドロ固定やねん！！」
柳司が暴れると手錠ががちゃがちゃと耳障りな音を立てる。凝ったコスプレだと、笑って指差す観衆の視線が痛い。ご丁寧に鍵を使わないと外せない凝った手錠だ。
「判断を誤ったか？　これは動きづらいかもしれな」
譲がそこまで言ったところで、スターターピストルは高らかにマラソン開始を告げてしまった。
「取り外してる暇はないな。このまま行くぞ」
「始まってもうたあ！　しゃあない、このまま行くで！」
二人は手錠にかまうのをあきらめて走り出す。と、囚人が前に飛び出て、看守が腕をぐっと引っ張られる形になる。つんのめりそうになる譲をすんでのところで柳司が止めた。
「おおっと!?」
「浅沼。最初に断っておくが、俺は運動が得意じゃない。先走るんじゃないぞ」
柳司は頭を抱えた。
「たぁ～。最初も何ももう始まってるやないか……。俺が合わせる。好きに走ってみいや」
確かに譲の走る速さは自分と比べるとかなり遅い。柳司はクールな看守に速度のリードをゆだねることにした。

「わぁ……柳司君、今日そう言う……」
突如横から降ってきた声にぎょっとして見れば、若菜がこちらを凝視している。
「若菜先輩ー!?　何か誤解してるやろ！　そんな関係やない！」
「うん、がんばってね……」
若菜はさっと目を逸らし、羽つき三角帽に顔を隠すようにして走り去って行ってしまった。
「ああー！　誤解やってー！」
遠ざかる若菜に必死に弁明しようとする柳司を譲は見た。困り顔なくせに、どこかでこの状況を楽しんでいる。必死で追おうというポーズをしているくせに、決して譲の走るペースを乱したりはしない。
（俺とはつくづく正反対な男だな。馬鹿で下品。……そしてポジティブでタフだ）
見ていると腹が立つ。しかし嫌いではない。だからこそ、こうして一緒に出場しているのだ。譲は説明のつかない自分の気持ちにもやもやとした居心地の悪さを感じていた。