晩ご飯をつくろうか｜リアクション

晩ご飯をつくろうか

■ひとりとひとりの食卓
　ごく普通の高校生、御剣刀。
　……などと書いてしまうと、あまりにわざとらしすぎるだろうか。わざとらしいを通り越してもはや嘘だとすら言えてしまうやもしれない。
　けれどあえてもう一度、念を押して、嘘偽り無く真実を述べるならば。
　御剣刀は、ごく普通の高校生である。

　誰しも月に一度くらいは味の濃いものを食べたくなるものだ。
　特に育ち盛りで食べ盛りの男子高校生とあらば、味が濃くて脂っこいものを食べたくなる。漫画だかテレビだかで豚の角煮丼を見たせいだと思われる。
「今すぐ食えないかな。定食屋に行けば確実なんだが……」
　財布の中身を思い出す。
　『ある理由で』食費のかかる刀にとって、財布事情はいつも厳しい。
　千円近く払って美味しい豚の角煮丼を食べるのは、もっとお金持ちになってからだ。
　というわけで、ネットで仕入れた知識を駆使して安上がりなメニューをこしらえることにしてみた。

　誰でもコーラ角煮くらい聞いたことがあると思う。
　炭酸水に豚バラ肉をつけておけば柔らかくなり調理しやすいというヤツである。
　炭酸水自体がタダではないので、圧力鍋を持っているお家には用の無い技術だが……幸いコーラの買い置きがあった刀の家では都合良くそいつが作れた。
　朝のうちに密封パック（ジップなんちゃらの類似品）に肉とコーラを入れて軽くもみ、冷蔵庫へ放り込む。これで準備は完了だ。
　夕飯時には、しみしみに柔らかくなっていることだろう。
「それじゃ、行ってきます」

　ごちそうが待っている家というのは、どこか光り輝いて見えるものである。
　青ネギとチンゲンサイを手にした刀は、神妙な面持ちでドアを開いた。
「ただいま」
　返事を返す者はいない。
　刀は何事かを話しかけながらキッチンへ向かうと、朝にしみこませた肉を取り出した。
「よし、始めるぞ」
　気分は科学実験。まあ言ってしまえば料理は科学。うまいことやれば美味しいものが食べられる。
　まずはフライパンに柔らかくした豚バラを落として水分を飛ばしつつ焼き上げる。丁度良く油が出るので、醤油と砂糖を１体１、青ネギとショウガチューブ２センチちょいを鍋で煮込み、焼き付けた豚バラを投入する。
「生のショウガスライスとか、料理酒とかがあれば完璧なんだけどな。ま、高校生でできるのはこんなもんか」
　などと言いつつ、手際よく青梗菜や卵をゆでる。火を通す時間はそんなに必要ないので、コンロひとつでも充分だ。
　頃合いの時間になれば電子ジャーが米を炊きあげてくれる。
　アラームが鳴れば、完成だ。

「さて、と」
　ご飯に角煮をのせる。柔らかくなった肉に甘辛ソースがしみこみ、半熟卵（というより温泉卵）を上から落とし、チンゲンサイをそえる。
　完成。
　完成である。
　彩りよし、香りよし、勿論味もよしの豚の角煮丼ができあがった。
　それを、自分と『ルヴィア』の二人分用意して、テーブルに並べた。
　向かいにルヴィアを座らせ、手を合わせる。
「いただきます……！」

　ひとなみに特別な、ごく普通の、青年の夕餉である。

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