晩ご飯をつくろうか｜リアクション

晩ご飯をつくろうか

■お呼びとあらば
　メイドとは、家事全般を代行するホームキープスタッフである。
　派遣家政婦のように一時的に代行することもあれば、住み込みで人生レベルの世話を代行することもある。
　後者の場合、家族同然の接し方を是とするものだが……。

　檜扇唱華の家庭環境について、一度説明せねばなるまい。
　唱華の家、というより唱華が仕える主人の星ヶ丘寮には彼女を含めた二人のメイド（プラスアルファ）がおり、ある種奔放な妹としっかり者の姉で構成されている。
　主人は白髪の女子高生である。より厳密に言えば、彼女の実家から家財道具一式とあわせて送り込まれたのが唱華及びその妹――メイド姉妹である。
　とはいえ彼女たちの仕事は自分たちに割り当てられた住処の手入れくらいなもの。主人は自分のことを自分でやるといって、食事も掃除も自力でこなしている。
　これでは電源をきった掃除機。押し入れにしまった圧力鍋。家事をやらないメイド。主人を人生レベルで支える身としては、自活能力を身につけることは喜ばしいのだが……なんとも複雑な気持ちである。
　そんなある日。
　主人が一緒に食事をしようと言ってきた。

「なにか嬉しいことがあったのかもしれませんね。学校から帰っていらっしゃる頃にあわせて、食事のご用意をしましょう」
　さて前置きが長くなってしまったが、唱華は『ハイよろこんでー』と言ったまま部屋に引っ込んだダメな妹メイドをスルーしてから、食事の準備にとりかかった。
「さて、まずは食材を見ませんと……」
　用意した食材が足りない、ということはい。
　よほど珍しいものでなければすぐに取り寄せができるし、一般的なものであれば常備している。それが寮のよいところである。
　特に季節ものはここぞとばかりに揃えているので、わざわざ買いに出る必要もない。
　おそらく（あの主人のことだから）変に凝った高級食材を用意されることを好まないだろう。
「お金よりも手間、ですね。さて」
　物理的に、そして精神的に、腕によりをかけまして。
　唱華はさっそく料理に取りかかった。

　レストランで料理を注文するとき、何十分も待つこと無く出てくることに疑問を覚えたことはなかろうか。
　自分一人のためだけならまだしも、何人もの料理を同時に作っているのに早すぎでは？　なにか秘密が？
　なんのことはない、ある程度訓練された人間は複数の料理を同時かつ高速で調理できるのだ。
　『料理がプロ並』というのは、要するに優秀なマルチタスクが行なえることを指しているのだ。
　かくしてできあがったのは以下のメニュー。

「アスパラとニンジンの和風サラダ、初鰹のタタキ、鯛の木の芽焼き、鶏肉のアーモンド揚げ、きのこ汁、白ご飯、甘夏のシャーベット、緑茶……とこんなところでしょうか」
　『長い戦いでした』と最後にだけ出てきて汗をぬぐう妹に一旦冷ややかな視線を送った後で、唱華は椅子を三人分の食卓を用意した。
　準備を終えて、ふと思う。
　料理の一番楽しいところは、食べられるのを待つ瞬間ではなかろうか。