晩ご飯をつくろうか｜リアクション

晩ご飯をつくろうか

■「発酵の美少女とお呼び！」（――ある小説から抜粋）
　家族というのは不思議なもので、きわめて近い距離で暮らしているのに全く意味の分からないことをする。
　『お前のねーちゃん池袋で見たぜ』と普段まるで関わりの無いクラスメイトに言われてなんと言っていいか分からなくなる、なんてこともざらである。
　親ならまだしも、兄弟姉妹は共通の話題になりえない。
　さておき。
　透明は今日、そんな近くて遠い姉と家に二人で残された。

　両親が祖母をつれて温泉旅行に行ったのだ。
　子供二人を残していかんでもという話だが、明はもう高校二年生。姉も大学生。夕飯のひとつくらいは作れるであろう、ということである。
「おーい」
　姉の部屋の前。呼びかけても返事はない。
　気配があるので試しにノックをしてみると、うーだかあーだかいう返事があった。
「メシ、どうする？」
　耳を澄ましてみれば、なんでもいいという人語ギリギリの返事が返ってきた。
　夕飯のメニューに対して一番雑な返事である。もっというと、自分で作る積もりはないらしい。
「なんて姉……いやなんて女だ」
　だがここで『おねーちゃんがつくってあげるね☆』とか言い出したら宇宙人入れ替わり説を疑うところである。
　まあよい。なんでもいいと言われたのだ。せいぜい適当につくってやろうではないか。

　米をとぐのもお手の物。
　電子炊飯ジャーにセットして、炊いている間におかずその他を作ろうかと冷蔵庫を開けてみて、明は言葉を失った。
　納豆。
　乾燥剤。
　浣腸。
「納豆ご飯でも喰えと……？」
　やっと絞り出した言葉はしかし、誰の耳にも届いていない。
　え、なに、温泉旅行に行く間子供たちにもいいもの食べさせようね的なアレはないの。
　明は少々がっかりしつつも、段ボールを開く。タマネギとツナ缶が転がっている。開拓時代のイギリスかな？
　いや、それだけではない。端のほうに固形のカレールーが入っていた。
「よし、見つけた食材（浣腸以外）を全部突っ込んでしまえ。カレーらしい何かにはなるだろ！」
　明は意を決し、鍋に火をかけた。

　カレーを作った人は偉い。
　もうなんか、これがご飯にかかってるだけで許せる気がしてくる。
「おーい、メシできたぞー」
　少し声を荒げるようにして姉を呼ぶ。
　暫くして、のそのそと部屋を出てくる姉。
　明はそこで、ふと悪戯心が沸いた。

　この隙に姉の部屋に入って見るというのはどうだ。
　食事の支度までさせたのだから、そのくらいはよかろう。
　でもって、いつも机に向かって何をしているのか探ろうではないか。
　ということで、足音を殺して部屋に入り机の上を覗き込んだところで、明は再び言葉を失った。

「なるほど、池袋で見かけたのって、そういう……」
　今度、クラスメイトに詳しく話を聞いてみよう。