晩ご飯をつくろうか｜リアクション

晩ご飯をつくろうか

■カレー肉じゃが総選挙
　学校帰りに夕飯の献立を考える、という経験はあろうか。
　それを楽しみに待つ弟や妹のことを考えるという経験は。

　冷蔵庫の野菜室を引き出せば、ニンジンがうすいビニール袋の中にごろっと三本……いや二本半詰まっていた。
　横の籠をのぞけば、段ボールにジャガイモとタマネギがごろごろと詰まっていた。ここに手頃な肉があれば、肉じゃがが作れそうだ。醤油や砂糖もたっぷりあることだし。
　鴻上彰尋はそんな主婦（この場合は主夫）めいたことを考えながら、頭の中で食卓を再現していく。

　まずはご飯と味噌汁。味噌汁には買い込んだ豆腐があるのでそれを使うとして、メインに肉じゃがをドスンと置く。
　下処理を終えたほうれん草が冷凍したまま残っていた筈だから、それをレンジでチンして醤油と鰹節でいただけばよい。一汁三菜ひとそろいである。
　などと考えていると、ジャガイモと肉を見た弟がワッと声を上げた。
「ん、なんだって？　もう一回言ってくれ」
　思考を止めて振り返る彰尋。
　弟はなんと、カレーが食べたいそうだ。

　時代が進んだとはいえ、小中学生にとってはいまだカレーライスはごちそうである。
　手順は肉じゃがとそう変わらないし、いいといえばいいのだが……。
「待て待て、豆腐の味噌汁にしたいんだよ。カレーと味噌汁じゃヘンな感じになるだろ」
　が、カレーのおなかになった子供を説得するのは至難の業。放っておけば妹ぎみも同じようにカレーカレーとステレオ放送しはじめるに違いない。
　と思っていると……ジャガイモと肉を見た妹がワッと声を上げた。
「ん、なんだって。もう一度……もう一度いってくれ」
　妹はなんと、肉じゃがの気分なんだそうだ。

　肉じゃが党とカレー党が選挙演説（権利者はあくまで彰尋ひとり）を始めそうになったので、彰尋は慌てて登校の支度を促した。

　主婦（くどいようだが主夫。だが子供の場合はどう書くのだろう。主ボーイ？）の悩みは遠大である。
　消費税も地球温暖化も地球外生命体も関係ないが、夕飯の献立がそれらをしのぐ。
「帰りに買い足す食材は決まってるんだよな。問題はどっちにするかだ……」
　ノートの端に『豚コマ』『カット野菜』『弁当用の冷食』と書いてピッと切り離す。

　主婦（略）の悩みは短時間で解決する。
「今日は肉じゃがにする」
　主権者（彰尋）の投票によって決定した肉じゃが党の独裁政権に、はやくもカレー党代表（弟）がすね始めたが、別のポストを与えることでなだめすかした。
　具体的にはほうれん草を弟の好きなごま和えにすることでなだめた。

　そして、オチというか本日のシメ。
「肉じゃが、作りすぎたな。明日はこいつをカレーに仕立てるか」
　でもって、政権を追われた妹にはヨーグルトのポストを与えることとする。
　かくして鴻上家は、今日も平和であった。

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