SIRASU｜リアクション

SIRASU

◆ビバ！　しらす！

　定食屋『おにざき』は今日も今日とて閑古鳥が鳴いていた。鬼崎あやめはカウンターでぼんやりと考え事をしている。こうなっているのも今日も今日とてパチスロに興じている、まるで駄目な叔父さん、略してマダオの所為だ。彼がパチスロから帰り次第、しらすをたらふく食わせる刑に処してやると、あやめは考えた。
　それはさておき今日の営業はどうするべきか。このこともあやめは考えなければならない。日替わり定食も。そういったことを考えていると、なんだかついしらすの事ばかり考えてしまって、あやめは日替わり定食のところに『しらす丼定食』、おすすめメニューのところに『しらすレタス炒飯』と書いた。

「……ん？　何故しらす？」

　書き終えたところで、ふと、あやめは手を止める。同時に、なんだか奇妙な気持ちに襲われた。今日は何かに突き動かされるように、しらすのことばかり考えている――そのことに気付いてしまったのだ。疑問に襲われるが、営業時間が迫っているのは事実だ。悩んでいる暇はないと、あやめは開店準備を進めた。

　音を立てて、誰かが『おにざき』へ入る。

「いらっしゃいませー！　定食屋『おにざき』へようこそ！」

　あやめが愛想のよい笑顔で客を迎えた。入ってきたのは、さらさらした金髪にピンクのドレスがかわいらしい少女、トワ・E・ライトフェロゥだった。

「Hey！　Lunchを食べにきたのデス！」
「そうなんですね！　今日のおすすめは寝子島名物のしらすですよ！」

　あやめはトワに触れながら、笑顔を見せてろっこんで魅了しようとする……ものの。トワはきょとんとした顔であやめを見るばかりだった。ろっこんが効いていないことに気付いたあやめはさっとトワから手を離し、席に案内する。

「是非是非しらすをご堪能していってください！！」

　どこまでも笑顔のまま、あやめはカウンターへ戻った。それを不思議そうに見ながらも、トワはメニューを開く。

「トコロデー、シラスって何デス？」

　そう言いながらも、トワもトワで今朝からなんとなくシラスを連呼したくて仕方がない。今日のlunchにシラス。Desertにシラス。Drinkと一緒にシラス。疲れたカラダにビタミンとシラス。

「シラス、シラスー」
「しらす！」
「しらす、しらす、卵、しらす……」

　トワの言葉に呼応して、『おにざき』の少なくない客たちが一斉にしらす、しらすと連呼する。すると、『おにざき』の店内、テーブル席の一角にヴァイキングのような恰好をした屈強な男たちが現れた。男たちはしらす、しらすという客たちに合わせて一斉に口を開く。
　しらす、しらす、しらす……♪
　歌い出す男たちに、トワは目を輝かせて近付いた。そして口を開く。

「面白そうデスカラー、トワも歌うです！」

　おいしいしらす……♪
　シーラスー　シーラスー　たっぷりシーラスー！
　男たちの歌に混じって、トワの歌が響いた。男とトワの、まったく違ったメロディーが『おにざき』をカオスな雰囲気で包み込む。

「シラス―がやーってくる―！」

　トワの精一杯歌う姿に客は和んでいるが、そのカオスに気付いたあやめは、思わずその紅い瞳を見開いた。その視線はヴァイキングに向けられている。

「えっ……あの人達いつの間に？」

　あやめは思わず呟いて、急いでヴァイキングの元へ駆け寄った。気持ちよさそうに歌っている彼らに、あやめはにっこりと、どこか影も見える笑顔を見せる。

「えっと……お客様方、他のお客様の迷惑になるので静かにして頂けませんか？」

　にっこり、にっこりと、あやめは続けた。

「……後、そんなにしらすがお好きなのでしたら注文してくださいませんか？　当店、無銭飲食は絶対許さないが信条ですので」